peliculas えいが

Stumbling on Wall☆ぜんぶ、フィデルのせい

Dsc00598_2 こんばんは

三月の桜雨と言いますが桜が咲いた後の急激な冷え込みと寒さには身体が驚いてしまいますね

雨が降ったりやんだりの一日でした 

いかがお過ごしでしたか

思いがけなく野球のチケットを頂き、開幕5連勝を花火と一緒に喜ぶことのできた夜でした

仕事の休み時間にはみんなでヤシの木のポーズをとったりしてとても楽しかったです 

三日月のポーズではみな身体がこきゅこきゅいってました

久しぶりにいっぱい笑ったのでした みなさんありがとう

さてこりずに映画をまた見てきました

今回は

ぜんぶ、フィデルのせい La faute a Fidel(アクサン省略)

(イタリア・フランス 2006)http://www.fidel.jp/

予告で力強くアピールされていたニナ・ケルヴェルが、

なんとも、か・・・かわいい!というそれだけの理由で選択したのですが

見終わった後まっさきに感じたこと~

Ne vous derangez pas por moi!(アクサン省略/わたしにおかまいなく!)

原作はイタリアの小説「Tutta Colpa di FIDEL」。監督はジュリー・ガヴラス。初長編だそうです。

1970年代初頭のパリに暮らすアンナは幸せでした。カトリックの学校で宗教の授業を受けること、スイミングスクールに通うこと、ボルドーでバカンスを過ごすこと、日曜日には大好きな両親と弟と一緒にくすぐり合いをすること、果物をナイフとフォークを使って上手に頂くこと・・・そんな日常が、ある事情を機に、両親が共産主義を支持し始め、激変してしまうのです。

大きな家から、いきなり小さなアパートに引越し。

大好きな宗教の授業は受けられない。

キューバ人だったお手伝いさんはギリシャ人に。

家にはいつも誰かが入り浸り。

パパはヒゲをはやしてしまうし、ママは中絶体験のある女性たちへのインタビューに専念してしまうのです。

反抗してみたものの、ボルドーのおばあちゃんのところには一人で行かされてしまうし、遊びにきた学校の友達はパパの裸を見てショックを受けてしまうし、せっかくうちとけたお手伝いさんは急にベトナム人に変わっちゃうし、、、、団結の精神について教わるけど、、、、学校で試したもののうまくいかないし。

かといって、単純に両親の都合に振り回される少女の物語ではもちろん、ありません。アンナはアンナの主義主張を勝ち取るべくふくれっつらで、全力で、時には友達と取っ組み合いの喧嘩をしながら、奮闘していくのです。

幼さゆえか、ほどほどに適応していく弟と対照的にアンナは従来の生活から得た価値観で行動を選択していくのですが、両親との生活のなかでそれは不協和音を奏でることとなります。そのズレっぷりは、共産主義が抱かれる典型的なイメージを、従来の生活との対比でもってくる場面などに現れてくるのです。たとえば、夜中でもヒゲおじさんたちが入り浸っている状況、対して以前の家でしていたように夜中にトイレに行こうとするアンナ(トイレの場所を前の家と間違えてしまうあたりが何とも痛々しい)、また、激変する両親の服装、対してアンナはいかにもカトリックの学校に通う少女の服装のままであることなど、小さなことに鮮やかに、ズレはちらちらとあらわれます。

アンナ自身は、ズレていることに不満を感じ、実際に両親に主張もしたり(お風呂の水をかけられてとうとう降参しちゃうけど!)、両親の喧嘩に我慢しきれなくなって弟を連れてプチ家出を試みたりと抵抗もしています。とはいえ、仲良しのはずの友達に、「家が小さい」とか、「食事が変」とか、批判されるだろうと、薄々気づいてはいても、彼女が泊まりに来るのを止められないあたりには、家族の中で起こっている価値の転換に対応しきれないでいるアンナのとまどいが示されます。

こうしたズレやとまどいが、主義主張に凝り固まっていない両親を持ったわたしにも、なんともあまずっぱい感覚を伴って見えてくるし、なんだかとってもリアルだから、不思議。

この映画のように、両親の主義主張の転換という大事件が起こらなくても、

すでに少女時代が遠い昔のものになっても、

アンナのもつ違和感やふくれっつらに表わされる、

日常において、違う価値と共存しなければならない時の、もどかしさや悔しさ、でも結局自分で自分の生き方を見つけるしかない孤独感。

これらは今現在のわたしにもシェアできるものなのかも~

印象に残ったのは、お手伝いさんが短期間でキューバ人→ギリシャ人→ベトナム人と変わっていくところ(作ってくれるお料理も当然違ってきます)、そして「いい家柄」といわれるトレド付近のパパの実家をアンナが訪ねた場面。

それぞれは1970年代初頭という時代の特殊性を象徴するのです、

しかし、

同時に時を越えて届くのです。 

自分の価値観を得て行動するためには、自分自身がもがいて迷って、いくつもの壁や橋を越えていかなければならないのだということ。

とってもシンプルであたりまえのことですが。

努力とか根性で生きていなくても、人生という道を歩いてく限り、いつか、壁にぶちあたりそれまでのペースを崩されることが多々あります。

だからなおさら、ほっといて、わたしは自分で何とかしたいと思うのかも~

周りの雑音なんて気にしないでいられたら、いいのになと感じた映画でもありました。

週半ば、来週はもう4月とは言え、まだまだすこやかに、お過ごしください。

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観光地にも住人がいて生活がある

Dsc00559 こんにちは

きょうもきょうとて、封筒の山と格闘しております

仕事だから頑張れるけれど

ひとりでモチベーションを保ち続けるのはきついなぁと思う単純作業です

このところ、DVDを借り過ぎたりヤフオクでマリメッコマウスからワンピースまで落としたりして

携帯(電話)依存になりつつあるとおもいます

そんなわけでまた旅してたい!

旅したいところのDVDを見ることにしました

本日拝見したのは「アムステルダム・ウェイスティッド!」

これは「船酔いに似た症状を引き起こすことがあるのでご注意」との注意書きがありましたがそんなにもひどい症状を起こすことなく頑張れました

じゃびが訪ねたよりもっともっと前のアムステルダム でも飾り窓地区の明るさは変わりませんね そんな街区でドラッグカルチャーにはまって生きるジャッキーとその彼氏がさまざまな困難を乗り越えて絆を深める物語 

と言えば通りはいいのでしょうけれど、

デジタル→フィルムに加工された画質も面白いし

ジャッキーをめぐる登場人物たちのきわどさ、にくったらしさがなんとも微妙な間合いで描かれていて面白い 

ジャッキーも彼氏も相手が浮気したと思うと心からやきもちを焼いてお互いを責め合い物語の幾度もの場面で破局かと思われる離別が繰り返されるのだけれど最後には二人で笑い合える結末が待っています 道徳的倫理的には許されない行為で二人の絆が深まっていくのは映画ならではだと思うけどね

時々現れる日本描写(日本料理は大人の味、肉ばかり食べるのは西欧の野蛮人というような趣旨の発言)が面白くてこそっと笑えました

それからわずかに登場するジャッキーとそのママとのやりとり ママはジャッキーの友達を批判するけど最後には「身体には気をつけて」と思いやりのある言葉を残して立ち去るところ いろんなママが世の中にいていいと思うんだけど こうしてドラッグ漬けで売春合法地区で糧を得ている娘に対して 無理やり いわゆるまっとうな道を押し付けようとしない控え目な愛情の深さに涙がほろり、こぼれました

わたしのアムステルダム体験は市場と美術館とわずかな街歩きに終始してしまったけれど確かに裏であれ表であれ、あの街で、生活が営まれている感じは、飾り窓地区のあやしさや普通に街角にあるコーヒーショップ(ドラッグ売ってるとこね)から、感覚的にだけど、伝わってきました

その感覚の裏付けが、あの映画なのかなぁとも思ったりします 

もちろん日本でわたしが普通に営んでいるような、仕事に行って、時々お散歩して、時々買い物してというだけの生活者もいるのだ、という前提のもとに、

合法ドラッグ、合法売春そしてそこからぽろぽろりと逸脱していく人々がいるのかもね~という視点を観光地で持てるようになる映画だと思いました 

もうひとつ見たのが

「僕と未来とブエノスアイレス」(El Abrazo partido)

ブエノスアイレスにはまだ行ったことがないので、いかにもな観光地かどうかわからないのだけど、観光として行ったらやっぱり同じように生活の匂いをちょっとだけ嗅いで、帰ってくるだけだと思います

それゆえにこの映画の舞台であるガレリア(アーケードのある商店街)の人々の生活の営みはごく平凡でありながらも 隣人のプライベートを覗いているかのような気持ちにさせられ興味が尽きないのです

とは言え、ヨーロッパに移住して過去をぜ~んぶなかったことにした~いと願う主人公のアリエルが知らないことは山のようにあります

物語の前半では、アリエルにとって主要な鍵を握る文具屋のオスワルドは影が薄いということしか描写されないし、新しくやってきた韓国人の男女が夫婦なのか兄弟なのか分からないままだし、恋人扱いしている彼女と彼女とともに店にいる老人との関係を問いただせないままだし、そのほかにもあれこれ

アリエルだけの話じゃなくて、また全員がアリエルと同じ立ち位置にあるとも思えないんだけど、一応、狭い商店街のなか、お互いが立ち入りすぎないようにしているようです そういう間合いをじゃびも職場で保ってもらえたらこんなに苦しまなくて済むのにな 

物語の後半では、アリエルの父が登場しアリエルは走りっぱなしです 

なぜ走りっぱなしなのかよくわからない 父と並んで歩いていたかと思うと突然走って逃げちゃうしね 最後の方では肩組んで歩いていたけど ほんとかなぁと思っちゃう

アリエルは動揺したときに走るらしい カートレースでレースの競技者とともに自分も同じ方向に走っちゃう場面では「(彼らとは)別方向に走ればいいだけじゃん!」とツッコミ入れたくなるような

そう☆この映画は淡々とボケをかまし続ける映画なのです

映画のテーマとして過去といかに折り合いをつけて未来を切り拓くか、ということがあるようなのですが、あえて過去とか未来とかじゃなくて今現在をもがいて生きていこうとする女性として言わせてもらえば、これはツッコミいれていい映画だと思います

真剣にね、将来考えてるんだったら アリエルよ ママの下着屋さん手伝ってるだけじゃなくて、定職について手に職をつけるなりしてヨーロッパに行けよ とかね

そもそもなぜヨーロッパなのかというところも、すっごく人任せ 

ユダヤ人の祖父母がナチスの迫害から逃れてブエノスアイレスに来たからポーランド大使館が発給してくれるパスポートでポーランド人になれると思ってるしヨーロッパに移住できると思ってる 甘い甘いよアリエル!

独特のカメラワークに時々酔いそうになるけれど「あ、そこ知りたい」と思った瞬間、

ぐぐぐぐっと登場人物たちによっていくところは面白かったです 

もちろんちゃかしてばかりじゃなくて、じゃびも問い直しましたよ 過去としっかり向き合いながら未来の扉を恐る恐るながら、でもちゃんと開かなくちゃね と

これが難しい ポジティブな評価のものであれそうでないものであれ、過去をわしづかみしてすっくと未来のベールを取り払っていくことが なかなかできない

物語の最後に、アリエルの祖母は、ポーランドを出てから捨てていたという歌を歌うようになります

歌を捨てた当時は、存在しなかった、孫という家族を媒介にして

確か「祖母は歌を取り戻した」という表現を使っていたと思います 

エンディングでろうろうと歌いあげ「どう、気に入った?」と画面をばっちり覗き込んで微笑みます

生きている限り 捨てたと思っていたものとまた新しい出会い方ができる

そんな勇気をくれた映画でもありました

素敵なことだと思いました 命は続いている 

自分の思いの遠く及ばないところで 可能性は芽を出す準備をしていたのだと

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In the hope☆4か月、3週と2日

Dsc00483

 

 

 

こんばんは

今夜は平井堅の「大きな古時計」を聞きたくなりました

 

最後まで正視できるか不安でしたが「4か月、3週と2日」

拝見致しました

1987年チャウシェスク政権下で

中絶を試みる学生の友人の長い一日を描いたもの

主人公はこの友人オティリア

嘘はいけません

妊娠した本人は「妊娠2か月」と偽って医者を雇います

医者にはオティリアを「姉」と紹介します

医者が女性か男性かの確認もあいまいで中絶を実行するホテルひとつ予約できません

いやあえて、しないのか

Dsc00501 当時のチャウシェスク政権下では

出生率を高めるため、中絶は禁止されていました 

避妊さえ許されなかったのです

危険な行為に友人を巻き込んでも知らん顔でタバコを吸い続ける彼女

オティリアはそんな彼女のため、高額な請求をする医者に体まで差し出します

オティリアはそんな彼女に疑問を投げかけますがもちろんまともにこたえてくれるはずもありません 

そしてオティリアの恋人はオティリアの不安をよそに危険日でありながらも体を求め、オティリアのいらだちに対しては結婚すればそれでいいと言ってのけます 恋人の家族からはオティリアの両親は無学だと笑われてしまい不満も最高潮に達します 

友達からも恋人からもかなりひどい扱いを受けるオティリア

目も当てられない扱いはまだ続くのです

中絶された胎児の扱いは中絶した当人ではなく、その友人であるオティリアに託されます

バスルーム タオルにくるまれた 元胎児 

オティリアは自分のバッグに胎児を入れ、必死でタクシーを探したりバスの時間を聞いたりするのですが結局とあるアパートのダストシュートに胎児をバッグごと投げ入れます

オティリアの不安うずまく闇

ちろちろと浮かんでは消える光

胎児を投げ入れた後のおぼつかないオティリアの足取り

この場面を見られただけでも、この映画に足を運んだ意義は十分にあると思われます

そして、この2人が食事をしようとする場面

2人には場違いなパーティ用のお肉が運ばれてきます

お肉のピンク

胎児のピンク

重なって夜までごはんを食べる気持ちにはなれませんでした

チャウシェスク政権下の状況をよく理解した上で判断したいとも思いましたが

映画の撮り方が心象風景のよう

事情を知っていても知らなくても、純粋に映画として評価できるとわたしは思いました

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さいごの、そのひとときまで☆潜水服は蝶の夢を見る

Dsc00406_620万回のまたたきで自伝をつづった実話ということでだいぶ前から気になっていた

けれど福岡では今日からの公開となった

『潜水服は蝶の夢を見る』を拝見いたしました
http://www.chou-no-yume.com/main.html

監督はニューヨークの方ではありますが
原作に忠実なのかしら(まだ読んでいません!)

フランスっぽい孤独の描き方だと思いました

もし「ティピカルな」アメリカ映画だったらこうはならないのでは
家族愛ってところで推されてくるのではないかしら
もしくは失った地位や自由と現在の孤独との対比という点で

もしスペイン映画だったら愛人と奥さんとのやりとりはもっと濃厚に
描かれたのでは 並存する父と息子との関係もね 

◆フランス語版の予告 (映画とほぼ同じ構成というのがお気に入り)

http://jp.youtube.com/watch?v=1yhXcjaz1E0

◆スペイン語版の予告

http://jp.youtube.com/watch?v=WS984Ri6Ngc&feature=related

◆英語版の予告 (元気なころが強調される感じ~)

http://www.youtube.com/v/G69Zh7YIg8c

ここまで、あえてお国柄を挙げて、監督が誰とか
あてはめないように打ってきたけど、
ジェシー・ネルソンならこの音楽をもってくるだろうとか
ロバート・ゼメキスならこっちだねとか
ナンニ・モレッティならこれはしないだろうとか
アルモドバルならこの場面はこうくるだろうとかパターンを幾つか考えると
監督によって、同じ原作でも、全然異なる映画化がなされたことかと
わくわくしてきちゃうわけ
 

本編では、妻と愛人は驚くほど僅かな時間しか接触がなかったし
ジャン・ドー(主人公)と愛人との時間も(これは別の彼女?)
ルルドへの回想を除けば想像ばかりだった
さすがジュリアン・シュナーベル(監督)
『夜になるまえに』でも見せた手腕がなおいっそう、
光ってます どんな手腕かは、ご覧になってのお楽しみ

さて気になったのは家族という社会的な絆の強さ

身体の自由を失ったジャン・ドーに最初に会いに来たのは奥さんでした

医師たちは「最初に会いに来たのが奥さんですよ よかったですね」と言いますが

ジャン・ドーは否定します「彼女は子どもたちの母親だ」と、

彼女が自分にとってそう大きな存在ではないことを示唆します

彼にとっては「毎日待っている」という愛人の存在が重要なのです

身体の自由を奪われるという、こうした状況下に置かれた時

家族でなくとも大切なひとには

「会いたい でも 会えない」ことを痛感しました

これは、

ゲイのカップルの多くが直面する問題だとも聞きました

一緒に住んでいても家族にカミングアウトしていたとしても

面会謝絶という場面では面会できない 最期の時をともに過ごせない

離れている家族より濃厚な時間をシェアしていたとしても

友人のひとりとして、隔絶されてしまう

その事実は覚悟しておいたほうがいいのでしょう

そこで多くのことを決意させる映画でした
そして多くのことを問いかける映画でした

例えば
わたしは最期のときまで、人間性を失わずにいられるでしょうか
季節の移ろいなど感じる心は身体の自由を奪われるという
状況下におかれても、受け継がれるでしょうか

今ならこう答えるでしょう

はい 自信があります 感性はますます鋭敏になっていくでしょう
会えない人への思いは、より豊かにはばたいてみせるでしょう
最後の息を吐くそのときまでわたしは大切なひとを全身に刻みます
形に残らずとも 他の誰も気づかなくとも 永遠に失われようとも 

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笑いながら愛し合いたい☆人のセックスを笑うな

080214_183101 『人のセックスを笑うな』拝見致しました
http://hitoseku.com/

恋に落ちる。世界が変わる。
というコピーでした

もう苦しくて苦しくて
こんなゆぅるい映画で号泣する方もいらっしゃらないとは
思いますが随分と泣かされる場面が多かったのでした

映画のなかでは音が心に残りました
信玄餅を開けるわさわさ、した音
急須の蓋を閉じるかちゃん、とした音
散らばる書類の落ちるさわ、とした音
ふたりが愛し合うキスの、湿った音

音楽としてはやっぱり歌がよかった
ANGEL(武田カオリ with HAKASE-SUN)で
繰り返しLet me fly like an angelと永作が歌ったり
ラジオから流れてきたり ・・・いろいろ・・・

蒼井優の怒りの表現なんてね 見たり聞いたり
していると、もう、ぴりぴりしてきちゃう
若いってこういうことだし恋してるって
泣いたり騒いだり飛び跳ねたりわめいたりしてるから

こんなにも「片想い」ってはたから見ると
見苦しい側面もあるんだなぁと、実感

他愛のない会話が、いとおしいふたりだけの時間に変わる
恋することを丁寧に描写した映画だと思いました

・・・結果、ひとのセックスは笑えません・・・
炭酸が飲める飲めない、カレーが食べられるかどうか

で笑いあうのもありでしょ?

ふたりにはふたりだけのセックスの形がある
どこからが始まりなんて、決められるものでもない

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Can't stop missing you☆レンブラントの夜警

大切なひとを失うというのは恐ろしいことです

喪失感を埋めないと日常が空回りする

キュレーションもこなすグリーナウェイ監督による

「レンブラントの夜警」拝見致しました

http://eiga.com/official/nightwatching/

お芝居みたいな構成がじゃびには面白かったです

レンブラントと、彼と関係のある女性と、

二人で画面に向かって語る場面で物語が区切られていくのは

サスペンス仕立ての物語に、レンブラントの愛情遍歴をうまく重ねるのに

成功していたと思います

Dsc03802 アムステルダムで拝見した際には、

ひたすらでっかい絵だなぁっていうこととか
なぜ最も重要な位置に女の子が描かれているのかその意味がよく分からなかったり、

つかみどころのない絵なんだなぁなんてね。

いまいちの印象しかありませんでした、実は。

でもグリーナウェイのフィクションのおかげでこの絵をいとおしいと感じ始めています

単純ですか 単純ですね

絵画から物語を紡ぎ出すことでそれを理解しようと試みる手段は、美術館でよく行われていることなのに 映画という手段を通してみると全く異なる感触を得られるから不思議です

映画のなかで妻のサスキアを失ったレンブラントが
I can't stop thinking of missing youと叫んでいました


いとしいひとをなくすなんて いまは絶対 考えられない どんな形でも

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紆余涅槃ってやつかもしかして☆『めがね』

失ったものが大きければ大きいほど
どんな手段を講じても人は再び
その温もりを求めようとするのだろうか

『めがね』
与論島にやってきた女性と島の人々の交流を描く物語

・・・あれ、一行で終わっちゃったよ

さくらさんがね、海沿いでメルシー体操をするでしょう?
この世に肉体はあるけど煩悩とかもう既に断ち切った人の動きだよね

確実に流れていく島の時間は、私たちの心をもほどいていく
途切れとぎれにもらされるさくらさんのメッセージが矢のように胸にささる

春先なのに赤いマフラーをつけてまた現れるさくらさん
最後に流れる大貫妙子の歌にまた泣かされる

Back 煩悩だらけの私はマリメッコのワンピース作りに夢中
ロッタのワンピースに続きやっと完成して虚脱状態

本願寺展(九州国立博物館)
は暗くて解説をよく読むことができなかった

図録を見ながらコメントをと思ったけど
なかなか入手できないので周囲のコメントと合わせて感じたことをあえて一言に凝縮するなら

「お寺ワールドは過激な競争社会

この熾烈な争いに
敗れていった僧侶達
のその後が気になる
なぜ西と東に本願寺が分かれているのかは雰囲気で分かった
立ち読みした図録には1~2行しか書かれていなかったけれど
この展示を見に来た大きな目的は
襖絵でもなく、三十六歌仙でもなく西と東に分かれたその理由を知ること
出世競争は煩悩じゃないのかな
修行ってなんじゃろか
ただ肉体的に鍛えればいいってもんじゃないよね
なんてことを確認した展示でした

王塚古墳関連遺物の展示もあって(夫の目的はこちら)
遺物からは、もやもやした信仰のようなものが想像されて
くらくらとめまいを感じた
ひたすら展示室が暗かったせいかも知れない

【今日の宮沢賢治】

雨すぎてたそがれとなり

森はただ海とけぶるを

「雨すぎてたそがれとなり」

<「青表紙ノート」より>

『宮沢賢治全集3』(ちくま文庫、1986)

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人生は違ってなんぼ☆『ヘアスプレー』

映画を見た直後に危うくサントラを買う衝動にかられることはないだろうか
古いところから『火垂の墓』、『世界中にアイラブユー』、『ブエナビスタソシアルクラブ』、『蝶の舌』、『メリーに首ったけ』、『I am Sam』、『キューティブロンド』・・・その他もろもろ、以下省略

実にアメリカモノが多い。
そしてまた今回も。
映画館にはサントラCDが置いていなかったのが幸い
そのままおとなしく自転車に乗って自宅へ戻る。
しかし映画のホームページで物欲再燃
やっぱり聞きたい
Good Morning Boltimoa~♪

もともとがブロードウェイのミュージカルである『ヘアスプレー』
一度映画化もされているけれど私は今回の完成度は高いと思う。

舞台は1960年代のボルチモア。ヘアスプレーはローカル番組のスポンサー。強力ヘアスプレーで維持できる髪形をした主人公はその番組への出演を願い続け、プロデューサーに阻害されながらもひょんなことからその夢は叶う。ここまででも充分迫力のある歌と踊りが展開されるわけだが、物語はテレビ出演を果たしたところから急展開を見せる。

明るくて映画館を出た後もスカッとする内容なのだが、私の涙はとめどに流れた。
10代の頃にもっていた主義主張、それを貫こうとする行動力
今私が確かに失ってしまったものがこの映画にはあまりにあふれていたから。
不必要なまでに痩せなくちゃと願ったり、肌の白さを強調するメークに凝ったり
自分の持っているものを最大限に魅力的にするほうが心から生きることを愉しめることは分かっていたのに、何やってたんだろう今まで、なんてね。

Hi350002主人公の屈託のない笑顔と華麗な?!ステップが焼きついて離れない。彼女が私の記憶で踊り続ける限り、歌い続ける限り、自分との距離を感じたこの衝撃は忘れちゃいけない
今できることはそう多くはないけれど
とにかく展示をたくさん見なくちゃと思った。

といいつつやっぱり洋裁の引力には勝てない。
ロッタのGROBLAD、バッグにしようかと思っていたけれど
ワンピースの本を見ていたら無性に作りたくなってしまった。
寸法どおりに作ったら私には横幅がありすぎてかなり不自然なので部屋着になるのかな。
本の通りに作ると、前襟から20cm下がるところまではレースになるはずだった。
もちろんそんなに幅のあるレースは見つからず(現状で袖のところについているレースは10cm)その部分をレースづくしにするのも気がひけた。布をさらに配置したら妙な具合に
なってしまったけど、いかにもかぼちゃというか、ハロウィンを迎えるにはふさわしい?ワンピース。

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思う以上にガンガーの流れは速い☆サリーの世界展&『とらわれの水 WATER』

長方形から広がるきらびやかな世界
彫りの深い顔立ちに似合う濃厚な色彩のきらめき

アジア美術館でサリー展を見るまではサリーにそんな印象を抱いていました
実際『Ajibi News』(vol.30 2007)でも「単なる伝統衣装におさまらないサリーの魅力、ゴージャスでキュートなインド現代ファッションの世界をご紹介」ともありキラキラ☆ラメラメの気分で出かけました

確かに展示の後半では、サリーをイマドキにアレンジした服をまとったマネキンが大量に並べられ、デニムやTシャツが当たり前の若い世代にとってのサリー像が紹介されていました

しかし私の心を捉えたのはほんの僅かな解説
サリーの起源を紹介する部分でイギリスの統治に触れられた部分

そして幼児結婚でもサリーをまとって結婚式を行っていたという
一枚の絵

先月のアジアフォーカスで『WATER とらわれの水』を見て以来
インドの幼児結婚の実態について問題意識を持ち始めた矢先

美しく描かれたその絵の華やかさが増すほどに
ちくちく胸がいたんで感傷的になってしまいました

また、別のコーナーでは『夫が健全な既婚女性』のみが
まとうことができるというサリーが展示されており
必ずしも気に入ったサリーをまとうことが社会的に
許されるわけではないという女性に対する扱いをうかがい知ることができました

『WATER とらわれの水』のライティングは素晴らしく、印象的な雨、
画面からあふれだすような音楽、つい問題の本質から目を背けて映画として純粋に愉しんでもいいかなという気持ちになってしまうのですが
主人公の未亡人である幼児は一生白い修道服をまとって生きていかなければなりません

美しく演出されるほどに、物語が迎える残酷な結末が胸のいたみを増幅させる

沐浴のイメージが強いけど実際のガンガーの流れは速かったなぁ
展示も映画も、それと似た驚き

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未来を拓く鍵を早く見つけてよ☆早春譜

映画館に入る前の空と出た後の空の色が違って見えることはないだろうか

今回の映画、早春譜の場合は
映画を見る前から2種類の空を見上げることができた
静かな霧雨が夕陽に映し出され
ほんの2,3分でこんなにも違うグラデーションを見せてくれたBlueskyMist










さて肝心の映画はというと

絶対音感と演奏能力が比例しないオンナノコに憧れてドラムの得意な男子が家族には医者になると告げて彼女を追いかけて音楽学校に入学、友達や彼女との交流、さらに別のオンナノコと仲良くなることで自分らしい生き方をひたすら模索するというもの。

「タイののだめ」と言われて見に行ったが

のだめに出てくる登場人物たちは基本的に天性の音楽性を持ち合わせている。それらをどのように社会化するかというところに力点がおかれるコメディではあるが、基本的に『早春譜』は青少年の自分探しのコメディである。クラシックが盛んではない自国を離れ、音楽の道を求めて外国への留学を一度は志した主人公だが、結局は国に残る道を選ぶ。
主人公は、進路、そして現在に関する決定的な嘘をついたことで、両親との断絶も一度は経験してはいるが、最終的にステージでの彼の活躍に両親は手放しで喜ぶ姿がスクリーンに大映しになり観客は苦笑い。

数多くの場面で観客の笑いをとるあたりはたしかにコメディ要素が強いものの、タイの中でも稀少な音楽学校に入学し、たとえ優秀な成績を残したとしても必ずしも、音楽の道をその後歩んでいかないのではないだろうか、という未来の可能性をはらんだ映画でもあった。主人公が音楽を続けられるかどうかは定かではない。

10代の才能は非常に不安定なものだ。

じゃびの友人にもピアノが得意だという子は何人もいた。その後音大に進学した人たちたちもいるが、では本当に才能があったのか、私には分からない。大切なコンクールの伴奏を頼まれても練習には付き合うが本番ではキャンセルするといったこともあったし、他の友人の演奏をめちゃくちゃに批判する姿だけが印象に残っている人もいる。

ただひとつ言えることは、数多くの「名門音大」に進学した彼・彼女達のなかで、30代に入った今でも音楽の道を歩んでいるのは、非常に努力家で自信を持ち続けられた人だけだ。どんな試練をくぐり抜けてきたのか、具体的には私は知らない。ただ、人生をその筋で切り拓こうと思うのなら、自分を信じること、それにともなう努力をできること、その二つは欠かせない要素だということを、私はかいま見ただけだ。

【今日の宮沢賢治】

雨がぽしゃぽしゃ降ってゐます。

心象の明滅をきれぎれに降る透明な雨です。

ぬれるのはすぎなやすいば、

ひのきの髪は延び過ぎました。


私の胸腔は暗くて熱く

もう醗酵をはじめたんぢゃないかと思ひます。


雨にぬれた緑のどてのこっちを

ゴム引きの青泥いろのマントが

ゆっくりゆっくり行くといふのは

実にこれはつらいことなのです。


あなたは今どこに居られますか。

早くも私の右のこの黄ばんだ陰の空間に

まっすぐに立ってゐられますか。

雨も一層すきとほって強くなりましたし。


誰か子供が噛んでゐるのではありませんか。

向ふではあの男が咽喉をぶつぶつ鳴らします。


いま私は廊下へ出ようと思ひます。

どうか十ぺんだけ一緒に往来して下さい。

その白びかりの巨きなすあしで

あすこのつめたい板を

私と一緒にふんで下さい。

〔手簡〕

『春と修羅』補遺 『宮沢賢治全集1』
(ちくま文庫、1986)

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飲めないから憧れるワイン道

福岡の姉妹都市のひとつにボルドーがある。

会社を辞めてから、次の身の振り方についてあれこれ妄想したことのひとつに、

ボルドーに留学して醸造学をみっちり学ぶというものがそういえば、あった。

その後、香水を愛用しているコーダリーのスパがある場所としてボルドーへの憧れは形を変えていった。さようなら、醸造学...

さようならつながり☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆

風邪をおしてバイト先へ行ったら、帰るようにいわれ、実際にかえされてしまった。

悔しくて涙が止まらないので歩いて帰宅。さらに気分が悪くなる。

こんなときはさわやかバディムービーに限る。

今日選んだのはサイドウェイ(2004 アメリカ)。

全部で7回くらい見たけど、どうしても集中できない。

ワインの薀蓄は聴覚をかすめただけで脳を刺激せず終わる。

やっぱり悔しさに満ちた1日になってしまった。

明日はニコニコしていられる1日になりますように。

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目的を持ってみた映画

良妻育成プログラム?

 五線譜のラブレター』(DE LOVELY 2004 アメリカ)

 夫を立てる良妻になろうとその参考に、笑、選んだけれど、スケールが違ったワ。

 自分の夢を追いかけている当面は無理ミタイ・・・夢の切り替え時カナ

護るべきものは「自分の」国?

 グッバイ・レーニン』(Good Bye Lenin! 2003 ドイツ) 

 心臓麻痺を起こしかねない母にショックを与えないよう

 ご近所や仕事仲間の協力を得て、必死で旧体制社会を演じ続けるお話。

 泣き笑いできる時間をありがとぉ。素直な感謝の気持ちで満たされ、
 ヒトとの別れ方を考える材料になりまひた。

老獪なオトナになりたくて 無謀な若さも取り戻したくて

 『THE EDUKATORS ベルリン、僕らの革命』(2004 ドイツ=オーストリア)

 なりゆきでブルジョワを誘拐してみたら元闘士だったという

 目の当てられない無謀な犯罪が描かれる。

 後半部の山岳映像の美しさによろめきつつ

 あれこれ主要登場人物4人の思惑に自分の思考を重ねる。

 ヤンを演じたダニエル・ブリュールは『グッバイ・レーニン』にも出演しているバルセロナ生まれ。ハンス・ワインガルトナー監督との相性がいいのかな、ドイツ映画賞、ヨーロッパ映画賞で最優秀主演男優賞獲得。愚鈍にも見える信条にすがりながら最後はしっかり逃げ切る術ももっているヤンのちょっとずるい生き方を柔軟に表現。

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湯布院映画祭で見た「長い散歩」、ピアノは強かったけどなぁ

奥田瑛二監督作品が“3冠”快挙

 俳優の奥田瑛二(56)が監督した映画「長い散歩」がカナダで4日まで開催されていた第30回ントリオール世界映画祭でグランプリを受賞した。配給会社に5日連絡が入った。同作品は国際批評家連盟賞、全キリスト教会の審査員が選ぶエキュメニック賞も獲得し“3冠”の快挙を達成した。

 12月に日本公開される作品は、「少女」「るにん」に続く奥田監督の長編第3作。妻に先立たれた初老の男が、虐待を受けている隣家の子供を連れて旅をする物語。緒形拳や高岡早紀が出演している。

 奥田監督は7日に帰国予定で「世界中の人が本当の優しい愛を欲しがっている。それを、実証できたことはこの上ない喜びです」とのコメントを出した。

FROM スポニチ Sponichi Annex

http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2006/09/06/04.html

にょにょにょ。

ばてたじゃびが湯布院での『長い散歩』にコメントする前に、奥田監督はカナダに行っていたとですかΣ('◇'*)

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湯布院映画祭初日★点描&『長い散歩』を見る前に

060824_17540001 会場にいたる道のり。

バリアフリー・・・ってわけなのかなうーん・・・映画館のない町で映画祭を31回も重ねてきたその道のりに思いを馳せながら、会場入り。

今回は、体調の都合もあり、新作のみの鑑賞になりました。

あぁもったいない・・・ (*´Д`*)

Oshinagaki 映画祭は、映画を見るだけじゃなくて、シンポジウムとかパーティなどのイベントももちろんありました。

そこまで大げさじゃなくても、各映画毎に語れる場を作ろうということで、この会場の中に「カフェ」なるものが映画後に出現。語り合ってる人たちを見ることは残念ながらできなかったけど、、、

慣れた人たちは、自然な仕種で何事かご挨拶しまくっていたけれど、一見さんな私たちは正直居心地悪くって、ちょこーーーと対応に困った。映画が終わったら、ばばばばと人が押してくるので、押し出されるように会場から離れちゃいました。が、やることはしっかりやるんだな。何をかと言うと、資料調査ですよ。もちろん。

060824shop といいながら映画祭本体のパンフレットは購入せず。あぁフンドーキンのドレッシングはしっかり頂きましたのに。

購入したのは、26日公開奥田瑛二監督『長い散歩』のパンフレット。初日はこれのみ。クランクインは2006年1月とのこと。(奥田監督のブログより)

岐阜は各務原の青空が目に沁みるぜぃ。

天使の羽根をしょってる杉浦花菜ちゃんは2000年生まれ。じゃびが東京で修論に奮闘する・・・前に愛知でおぎゃーというわけかぁ。

花菜ちゃんが劇中で歌ってる『天使のパンツ』という歌は1977年のNHK「みんなのうた

で放映されていたもの(初回)。・・・ところでこの「みんなのうた」って書体レトロでかわいいよね。ずっと変えないでいてほしーぃ(=・ܫ・=)にゃ

NHKみんなのうた ベスト←参考画像。

このCDには入っていないんだけどね。

天使のパンツが降ってくるという。びっくりするような歌なんですわん。

じゃびも再放送で見て、ちゃっこい頃は叫ぶように歌いながらお尻振ってたぞ。

ちなみに作詞者はあのやなせたかしさん。やなせさんが名誉館長のアンパンマンミュージアムに、甥っ子杏門をつれていかねば、ね。まだ杏門には会ったことないんだけどね、アンパンマン信者らしい。

・・・で・・・

資料調査とかゆっといて!

なぜ1冊しか買わなかったかというと☆(´∇`*)

所持金が1000円を切っていたため

   ・。・゜゜・(≧◯≦)・゜゜・。

というわけで、24日夜はカタログじゃなかった、映画『長い散歩』のパンフレット。

熟読いたしましたわよぉほほほほ(・∀・)♪ これって、オンナノコが虐待されていたわけじゃないけど、筋としては、『パピヨンの贈り物』(2002年 フランス)に近いんじゃ・・・

『パピヨン・・・』では鬱病で息子に死なれたおじいちゃんの贖罪の旅、

『長い散歩』ではアルコール中毒で妻を亡くした元校長先生(緒形拳)の贖罪の旅。

こりゃイッタイどうアレンジされてるのか・・・って別作品なんだけど、さ。

おじいちゃんと少女のロードムービーってカテゴライズでいいのか。

乞うご期待。ってやつですな。

ぐぅ。

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湯布院映画祭ほのぼの初日★「悲しき天使」舞台挨拶も。

060824_10180001_1 ほぼ休みナシだった8月も終わりを迎えそう。

地下鉄の階段を駆け下りたり駆け上がったりを繰り返してJR博多駅へ。

慌しくゆふいんの森号に飛び乗って、真っ赤なスーツケースもしまいこんで。

あとは・・・のんびりーんとぷりんを食べながら、由布岳に再会するのを待つだけの至福のひととき。

Dsc04370  山だ!緑だ!日付の入った旗を持って、記念撮影を勧めるお姉さんがやってきて、心惹かれる。はいはーい!車掌さん帽子かぶるから、しっかり写してちょうだーい!と言いたいところ。

いくらぼんやりしててもオトナだしな。恥ずかしくなって声をかけられないまま。結局その後、ビュッフェ車両まで行ってお願いしちゃったけど、ね♪

Dsc04377うわっ(。→∀←。) 渓流だ!大雨の後のせいか、若干茶色気味の水面、でも、よくよく眺めてみると、憧れの渓流は、ところどろころエメラルドグリーンじゃ!いやぁん、夏休み気分盛り上がりすぎてしまうぅぅぅぅ昼寝しまくろう、ついでに滞っていたフランス語も睡眠学習、なぁんて思ってたのに。

こんなにたくさんの緑のベールをくぐり抜けたら、遊ばないわけにはいかないじゃない。

Dsc04380 赤とんぼ、シオカラトンボ、オニヤンマ、それから、黒い羽をもつきゃしゃなトンボ、電車が止まるたびに、日常では見つけられなかったトンボ達をたくさん見つけた。

さすがに網持って走り回るわけじゃないけど、わくわくしてくるのは、どうにもこうにも止められない。

なんたって、久しぶりの湯布院。「風のハルカ」撮影当初に訪れて以来だしね。

こんにちは、由布岳です」、「おやおや、ハルカさんは元気がないようですね

などなどなど。由布岳の精という設定だった、中村メイコさんのナレーションは今も耳にあざやかに残る。

バイト前、どうしても起きられないとき、オープニングの直太朗の歌声に目が少しずつ覚めていったこととか、自分の細かい日常の動作が甦る。

あれ?そんなに展開としては、感動したつもり、なかったんだけどな。脚本がよかったとも、当時は思わなかったけどな。でも、作品全体として、まとまってたんだと、今なら良く分かる。

自然食レストランを目指していくお父さん(渡辺いっけい)の気持ちも、湯布院で、「暮らす」ように味わってみた前回の湯布院体験があるから、共感できる・・・かも。Hi350025

さて、午後の記憶は曖昧。わぁもう稲穂がこうべを垂れている。秋が来ているんだなぁ...新米送ってもらったけれど、実感がどうにも持てなかった。Dsc04398_1

先週には確かにあった筈の、午後のギラギラした光。

いつしか金色に輝く稲穂を照らすでっかいスポットライトになっていた。由布岳を中心にした空の青さも、まだ少し青みがかった田んぼも。なんてやわらかい光なんだろう。

アムステルダムにいた時の、ぼんやりした輝きをふと思い起こして、今年は行けないかも知れないということも思い出して、ちょっと涙ぐんだりして。

さて。060824_17550001 今回の湯布院滞在の、一応名目上の目的は、湯治じゃなくて、、、映画祭!今年31回目を迎える「湯布院映画祭」デスヨ。福岡で知人に映画祭の話をしまくったら8割方知っていたので、福岡での、知名度はそれなりにあるらしぃ。音楽祭はずーっとポスターが貼ってあるし、くだんの「風のハルカ」でも採り上げられたので覚えていたけど、映画好きとしてはおぉΣ('◇'*)なんたる不覚。

街中にちっちゃいバナーがあったんだけど、イチバン大きかったのは、当然?!会場、由布市湯布院公民館入口。

場所は分かりやすかったんだけどぅぅぅ

地図がなかったら、街中のサインがほとんどと言っていいほどなかったので、方向音痴なわたしは迷っていたかも。

まぁ迷いながら、映画見ようかなぁっと思えるのも、贅沢だよね。

万が一見逃したとしても、また別のみたい映画もわんさかあることだし。

迷ってしまったとして、夕暮れの光の中で稲穂が揺れているのを眺めている、

日常では絶対に持ち得ない時間を与えられたことに、

心から感謝しよう、って素直で透明感に満ちた気持ちになれる。

それが湯布院の懐なのじゃ。

と思えるから、誰がどういおうと、わたしは、湯布院が好き。

060824_17570001 さて映画祭に話を戻すと、

最初に見たのは「悲しき天使」(2006、大森一樹監督)。060824_18170001

結構な人ごみでした。 ゲストの岸部一徳さんやら高岡早紀さん、大森一樹監督狙いという方も多かったのでは(≧∇≦)~~*

あっさりな舞台挨拶で、ロケ地となった別府の温泉旅館のご主人も来場していたらしく、「おせわになりましたー」なんてひとことも監督からは出ていましたナ。

前半。バイトの疲れがたたったのか、気づいたら、快眠。

しかし相方に起こしてもらって、別府捜査あたりから復活。

ん?なぜ東京の刑事さんたちが別府にいるのじゃ。

まぁあとで相方に聞こう。ということで、映画の続きに専念(u‿ฺu✿ฺ)ウンウン

別れてからうまくいく夫婦もあるんですー」

岸部さんの台詞↑

「湯煙は水分の多い日(雨の日)にこそ濃く見える」

といった意味合いの台詞が多用される。3人の女性たちのそれぞれの生き様が描かれているという映画のはずだったんだけど、わたしが目についたのは、男性たちの方だったんだな、監督の目くらましかぁ?!さすが読売新聞、人生相談で鍛えていらっしゃるだけのことはある...ってちょっと違うかぁ(*^-^*)

えーと、記憶に残っているのは3人。

別れた妻と、結婚する娘のお相手に会う約束をしている刑事さんでしょ、

別れた女への罪の意識を感じながら、今は奥さんとともに旅館業と、子ども達へのサッカー指導ボランティアに専念するダンナさんでしょ、

そのダンナさんは才能やら実績はあったけれども、プロになれたのは結局自分だけだったというダンナさんの古くからの親友という設定のサッカー選手でしょ。

なりたかったもの、なれなかったもの、

『解き放たれたい』願望が圧縮された結末、

置いて来てしまった夢、望んでいなかった筈の現実。

形のないものが交錯して、一度はほどけていた人間関係が、

再び犯罪という形をなして織り成されていく物語。

だと、じゃびには思えた。

本来ならもっと緊迫感に満ちたサスペンスタッチの映画になるはずのところを、別府という温泉街を舞台に(あえて)したことで、「詰めが甘い」「憎しみや嫉妬に満ちているはずの人間関係が、何だか妙にゆるくてぬるい」印象を残したのは、監督の意図するところだったのか、どうか。

例えばだけど。苦楽を共にした相手がね、自分は血を吐くような精神的肉体的苦しみの時間を過ごしているときにね、成功したり、シアワセになっちゃったりしてた場合、

相手の幸せを、そーんなにすぐに、受け入れられるものかいね。

やっぱり少し時間かかっちゃうんじゃないかなぁ。

本当は、耳をふさぎたくなるような、他人の幸せってあるんじゃないかなぁ。

だからこそ、「助けてあげる」って元彼とその奥さんに手を差し伸べられた時に、

「じゃぁ有難う」と、すがっちゃうようなオンナって、(たとえ自分が犯罪を犯していてのっぴきならない状況にあったとしてもね)

なかなかいないんじゃないかと、じゃびのような頑固者は思うわけです。

ストーリーはこちらをどうぞ。http://www.kana-ten.com/story.htm

劇中に登場する、ビッグアイ、別府から上海へ向かう船内、別府市内の夜景。

別府ご出身の方、或いは別府リピーターにはたまらんかもね。

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バイヤーにはなれないや

カドリーユ(1997,フランス,ヴァレリー・ルメルシェ

服装に目が釘付け。フランス語の勉強用に見たはずなのだけど。

ポーリーヌ(2001,ベルギー,ジャック・タチ)

グランプラスの花のじゅうたん、確かに夜見てもいいかも。うぅ。ブリュッセル何度でも行きたい街。NUXE100€程度しか購入していない外国人に、NUXEの試供品(しかも新製品!)を20袋もくれたあの親切なドラッグストアに何度でも行きたい。買える限りそこで買うから!

・・・閑話休題。ポーリーヌの笑顔、わたしが失って何年になるだろう。じょうろで作れる虹を見なくなってもうどれほどの時間が経つだろう。

花が好き。植物が好き。家族が好き。

憎しみや打算、誰かによく思われたいと思う心、ワンランク上を求める物欲、我を忘れるほどの快楽におぼれたいと願う性欲、よりオーガニックな食材で身体を構成したいから生まれる食欲(わたしはほんとに拒食気味)。

いろんなものを取り払ってそれでも残る欲求とか、感情は何だろう?と自問する。

取り払ったところで、誰かと関わって生きる以上、やっぱり煩悩とは切り離せない日常を生きる私に、ポーリーヌの笑顔が戻ってくる筈もない。こりゃ排泄も困難な南極で修行する必要が今すぐあるかもしれないなぁ (*´Д`*)ノ

さてポーリーヌの妹、ひたすらポーリーヌに愛されまくる彼女の妹、ポレットの側に立つと。確かに正気ではない姉を店を切り盛りする立場にあっては、大変な負担。

家族愛というか、、、我慢できないくらい孤独になって初めて、自分を必要としてくれている人の姿が見えてくるというのは、よくある過ち(言葉がきつければ、間違いとか、失点とか。あれ趣旨ずれてきたなぁ)のひとつ。この映画の登場人物たちは私より倍以上年をとっているけど、やっぱり大切な存在を自分から手放して初めて、その存在が不可欠であったことに気づく。何歳になっても、盲目的なエゴからは脱却できないものなのかなぁ。

映画の最後で、海辺のベンチにひとり座っていたポレットが、ニコニコ笑い続けるポーリーヌとベンチの別の側に座っている場面。ポーリーヌは「鳥だよ」と言う。ポレットは「鳥だね」と応える。そんなやりとりができるまでにはらったエゴの犠牲(店を売るとか、それまでの生きがいだったオペレッタを諦めるとか)はこのとき影も形もなくって、不思議なくらい、ぽっかりとした幸福な風を感じた。それだけで満たされた映画。

2001年カンヌ国際映画祭監督週間キリスト教会賞を受賞した監督。う、この賞、この作品で初めて知りました。

ぼくの神さま デラックス完全版(2001,アメリカ,ユレク・ボガエヴィッチ)

トロ~ぉ・。・゜゜・(≧◯≦)・゜゜・。

春にライズXで見た「変態村」の子ども&ナチ時代バージョンに思えた贖罪映画。生き残るためなら何でもするユダヤ人少年ロメック。その対極にある「イエスごっこ」にのめりこんだトロの決意。ロメックが大人になって、「トロのことを一生忘れない」とつぶやく場面で、ロメックとトロの絆が、かたくてゆるぎないものであったことを確信。

トゥー・ブラザーズ(2004,イギリス/フランス,ジャン=ジャック・アノー)

おすぎだったかのコメントで「泣きました!!!」と耳にしたのが記憶に残っていて手にしたDVDではあるが、まじめに座ってみたのは10分弱。ゴメンナサイ。

いかにも「憧れの」カンボジア遺跡でタイガーたちを追いかける場面だけが妙に影を落とす。遺跡で殺生を繰り返して欲しくないという単なる私情だけどね。

クッキー・フォーチュン(1999,アメリカ,ロバート・アルトマン)

正直、フォーチュン・クッキーと間違えて借りたので、みるのは3回目...それなりに多い、登場人物の名前をこんなに早く覚えられた映画も久しぶり。あぁなんて詩的な殺人場面の描写(殺人があったかのように工作した後、コーラがかけた保安官オフィスへの電話ね)。それを受けた、

間の抜けたゆるーい保安官オフィスも何とかしてぇ~(≧∇≦)~~*

劇中劇「サロメ」のごてごてした衣裳にも苦笑してしまうだわさ。

映画全体を俯瞰しても何だか渋い笑いが漏れてしまうし、細かい照明上の工夫や台詞の一言ひとこと、豊かな俳優陣の表情の変化、単純だけど複雑に絡み合う思惑たちと、細部にも目の離せない映画。アルトマンらしさ全開?

イン・ザ・ベッドルーム(2001,アメリカ,トッド・フィールド)

息子を失って力なくソファに沈む母親ルースを慰めようと、息子を失った別の母親が見た夢の話。

地球の周りに母親の二つの列があった。ひとつは「子どもを失った母親」の列。そこに迷わず並んだことで、「苦しいのは自分だけじゃない」と納得できた。・・・とルースは諭されるが。

個人的な経験から察するに、

自分だけが苦しいと思うから苦しさが重くなるわけじゃないんだよねぇ...ほんとにつらい時って。ただ苦しみに集中していて、それだけ。

誰かと比べたりシェアしたりする心の隙間なんてない。

失ったものへの執着で心がぎゅうぎゅうに占められている。

ビハインド・ザ・サン(2001,ブラジル,ウォルター・サレス)

あちこちにシンボリックな小道具が登場。赤から黄色に変色していく、血まみれのシャツ。

青空に近づこうとする紐の長いブランコ。

いつまでもロープをつかんだまま、回り続けるサーカスの花形クララのシルエット。

名前のない坊やにサーカスの男がつけた、川魚の名前。

ルーマニアを舞台とする原作をブラジルに置き換えたことで、人の心の乾きを血で潤そうとする強い強い憎しみが匂い立つように伝わってくる。いい映画だと思うけど、薦めて満足してくれそうな友だちがわたしにはいないなぁ。

しあわせの選択(2000,フランス/カナダ,ドゥニ・アルカン)

「みなさんさようなら」のドゥニ・アルカンの前の作品。賑やかなレストランのオープンパーティの直後に現れるヒーリングサークルの場面のいかがわしさというか、水を注すような存在感が一番辛かったかも。

原題は☆stardom。フランス語と英語が混在する映画って

リラックスして見られるぅ(人´∀`).☆.。.:*・

とはいえ、映画の内容が今日のテンションとは明らかに異なるので、また後日。

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「変態村」を見る 贖罪 贖罪 贖罪 原罪 贖罪 贖罪 原罪

26日朝。 都内某所にて。

早朝便に乗り遅れたため福岡で受験予定だったTOEICを逃した。

ある程度予想通りだったけど、一応、夫と会場が一緒の西南学院大学だったんだよね。惜しぃ。だって、だって、いっつも変な会場で行くのに苦労するんだもん。

気を取り直せないまま長蛇の列を作る表参道ヒルズを眺めるにとどめ、

昼はわたしの癒しスポット渋谷のパルコ2で25分泣いてから

買い物欲求はしっかり封印。

ってゆってもLotus Bootie Butti ロータスブーティブティでしっかりパーカーをチェック、後ほど電話でお願いして自宅まで送ってもらいました。地方都市に住んでるって話を出しただけでも、店員さんに覚えてもらうのって、こういうとき役立つ?!

あΣ('◇'*)

ということは結果的に

黒とピンクのA.IC、ノースリと長袖と両方買っちゃいました♪

反省してないじゃんあたし!

(*^▽^*)ノ そ、それは(*^▽^*)ノ 後日のことなので。

懺悔の一日か渋谷でやり残してたあれこれを
こなす一日にしようとその時は思いました。

結果的に両方を手にできるとはその時は思わずに。

やり残したこと。(5時間弱だからそう多くはないけど)

①40席未満の映画館に入る。


久しぶりにライズXで(なんでも良かった)みるべー(この辺滝沢弁?)とシネマライズでチケット購入。即入館。2階席とれず。眠くなってきたけど何とかなるか?!

Fabrice du Welzの2004年初監督(長編)作品CALVAIRE
邦題は『変態村』。

タイトルからしてB級だろうとかまぁネタ映画だろうとか
いろいろ言われてるんだろうなぁと
容易に想像はつくし、、、、
タイトルに臆することなくライズX入りしてる時点で
どうかしてるんだろうけど、、、、
でもって、ネタとして笑ってもいい場面満載なんだけど、、、

不器用な暗喩に満ちた映画で、
見た人に贖罪を迫る映画だと、私は思った

②『スイス・スピリッツ』展を見る。

Bunkamuraにてクレーの対照的な2点に心揺さぶられる。
キルヒナー作品は前日に森美術館で見ていたのだけど
こちらの方がキルヒナーに関する点数は多く、

思いがけない満足感を得る。

どうしても図録を買いたかったけど体力の限界により
また後日購入することに。

ちなみに、この展覧会では、Bunkamuraホムペで

来場した方のためにも、何かの事情で来場できなかった方のためにも?!

動画で展示室内を閲覧できるという

すばらしぃサポートのおかげで、図録を持ち帰れなかった
悔しさも、まぁ半減というところ。
森美術館のカタログこそ、今はいらんかったかもなぁ。。。



③渋谷ロフトで水筒を探す

職場でも日田天領水を飲んでいたい

じゃびの切実なる願いを叶えるべく!!!!

軽くて容量多めの水筒を探す。SIGGボトルトラベラーデザイン。

ネットで その後同じデザインのものがなかったので定価で購入して
よかったと一息。ワタシがとりあえず買ったのはコレSIGGボトルについては、

結構のちのちまで語ることになり、初対面の方とも話題になるし、

じゃびのニガテなNOVAのVOICEでもまずはこれから話を始められるし、

本当に助かってます(人´∀`).☆.。.:*・



④シエスパで一息


23日渋谷の星空(裸眼だとさらに見えない)を堪能した露天風呂をもう一度。

その夜は個別のスペースを確保していたにもかかわらず、心地よい音楽に誘われて、

ウォーターベッドで不覚にも眠ってしまったシエスパ

やり残したことといえば

リフレクソロジーコース。 うっふん♪

シエスパはリピート施設ではあるけれど、苦言をあえて呈するなら。

館内のクリーニングがこの手の施設リピーター確保には重要かと思われますが、その点では評価の低い施設。

でも松涛にあるとは言え、渋谷だからね。

人の出入り多いし諦めもつくよ、つくのさ(u‿ฺu✿ฺ)ウンウン

⑤ブックファースト渋谷店


フランス文学(邦訳されたもの)まとめ立ち読み。

もちろんこれは30分ほどでしたが、読みたかったもの、10冊には目を通せました。なーんか、フランスモノはここか九州の日仏じゃないと読みたくないんだよね。読書に場所を選ぶなんてどうかとも思わないではないが、まぁ

チャコちゃん(うさぎちゃん)にも会えたし(修士時代の同級生宅にて♪)

東京を去る最後のひとときはノンビリ過ごしたいと思いきや。

モノレール停電事件と

これは焦った焦った焦ったぁぁぁぁあ)

復旧しないモノレールにしびれを切らし京急に乗り換えたはいいものの、久々の京急車両に居心地よくなり。すっかり寝過ごし羽田第二ターミナルデビュー事件(今回ワタクシSKY利用者)まで勃発。

相変わらず駆け込み搭乗でしたが自宅に無事戻れたのでほっと一息。
みなさま、都内ではお世話になりました。

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Sleep More ハリウッド★ホンコン

For 17 years, I've listened to NHK's radio English program.This week’s topic is "Sleep more".In today's vignette,they say scientists have linked lack of sleep to hormone activity.But I can't belive it indiscriminately.I'm also sleep-deprived Japanese like you,but I have no appetite.

とにもかくにもこの頃全然お腹が空きません。夕食は毎日食べるのだけど、それ以外がないから?「ハリウッド★ホンコン」を見てから特にお肉はちょっと...

解体寸前の香港最後の下町「ダイホム・ヴィレッジ」。焼豚屋を営む父、兄弟、そしてその近所に住む、売春サイトの運営青年。彼らは、汗臭く、解体を前に風前の灯となったバラックに暮らしている。ダイホム・ヴィレッジを見下ろすのは、高層マンション「プラザハリウッド」。近くとも遠く、見えない壁を意識しながら低い場所で生臭い毎日を送る男たち。昼間でも光が届かない、そこは沼のような湿り気に満たされている。

物語は、上海から来たと言うトントンと名乗る一見ピュアな女性を軸に、彼らの生活が彩り豊かなものになっていく過程がみどころ。トントンに対し、ある者は熱く、ある者は淡い恋心を抱き始める。ダイホム・ヴィレッジでの生活にもようやく光が差し込み始めたかと思われるが...トントンにまつわる男性は全て血を見ることになる。まぁ肉屋サンだから日常茶飯事だろうけれど、人の血はまた違うことでしょう。

この映画のオープニングでは、これでもかと太った焼き豚屋の親子たちの腹部のアップや、タイトルがスキンへのスタンプで示される。人間のお肉がキライな人にはオープニングで再生stopボタンを押すことを勧める。後半では、売春サイト運営青年が腕を切られ、その腕は焼肉屋の屋根にどすんと落ちてきたりするので、視覚的にも厳しいのでは。

饐えた肉のような臭い漂う映像の一方で、トントンをめぐる風景は実に爽やかに息遣いまで届くかのように切り取られているかのよう。音楽も情緒的過ぎない、いかにも都会的なあっさり味。とくに、あぁキレイ、と背筋を伸ばした音楽は、トントンがブランコを高く高くこいでいくひとときに。このあと焼肉屋の父、子、ともにうれしげにやっぱりブランコにのっちゃうんだな。その見苦しい姿・・・の筈だけど妙に神々しく映るから、自然だけどあやしすぎ。

どこに住んでいるのかと青年に問われ、「私、指山に住んでる」とプラザハリウッドに向けてノーパンで指を広げて手をかざすトントンの姿は、なんとも儚げ。男じゃなくても吸い寄せられそう。あぁ蜜の味。

誰も居ない地下鉄構内の階段を、身も心も汚れまくった青年とトントンが手をつないで駆け上がっていく場面。一般的には、うっとりするような演出が入るのだろうが、直前に掃除されたかのようなゴミのないキレイな構内が異様な空気を醸し出す。

そう、「恋する惑星」でもちょっと実感できなかった私の大好きな香港は、この映画、ダイホム・ヴィレッジとプラザハリウッドの間にあった。虚実ないまぜであることを知りつつ、目先の希望に必死ですがりつくしかない現実。廟に祀る神々を金色に塗りたくって真っ赤な服を着せ、黄色い線香でお参りする時の重さ。杯中蛇影とも言うけれど、それでは前に進めない。今夜眠ることすらできない。本当のことが何かを決めるのは自分自身。現実を見る必要など本当はないのかもしれない。プラザハリウッドに住むことを叶えられない、迫る解体の期日といった現実を受け入れて生きるため、あえて閉じられていた彼らの扉を、トントンは屈託のない笑顔で開いてしまったのだ。

映画のラストでトントンに「走」(逃げろ)と必死に合図を送る焼肉屋の息子。逃げるにふさわしい登場人物とは、物理的に追われるトントンではなく、淀んでいた空気に身も心も侵されてきたダイホム・ヴィレッジに住む彼らだったのかも知れない。

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100円タイム終了まであと20分てところ

チャリで爆走!!!駆け込みでばばっと借りてきました。小雨でよかった。火曜の朝はだったもんね。

何度か見たけどまた見たいと思うものばかりです。・・・だって、人気作は既に12時間前には借りられてしまっていただろうし、名探偵ポワロシリーズは、毎度のことながら全て空っぽ。

TAXi マルセイユ訛りのフランス語に浸ろーっと。リンクは監督オフィシャルサイト。

テイキング・ライブス 高田純二が「王様のブランチ」でなぜかリコメンド。ネタ?!

未来は今(THE HUDSUCKER PROXY) ジョエルはこの作品でカンヌのパルム・ドールにノミネートされてたんですね。

あの子を探して 原題の方がすきなんですってばーぁ。こちらはヴェネチアで金獅子賞受賞してますね、監督。リー・シャオ原作の『上海ルージュ』を最近見たばかり。

ハリウッド★ホンコン なにげーに、フランス/香港/日本製作なんっす。主人公は上海出身というところに香港っぽさが見え隠れ。

toram茄子アンダルシアの夏 カルメン・バスカルドミンゲスは小池栄子さん。今週のNHKテレビ フランス語会話でチャリ2種の議論がありましたのでveloのほうを見たくなり。アムステルダムのトラムで見たチャリはveloではなく、明らかにbicycletteだろうなぁ。(この画像だけでは分かりにくいかもですが。ごつかったもん。亡くなったじいちゃんの愛車を思い出しまして、語学講座なのに泣けました。よよ。

21g 人は死の直前に恍惚感を覚える脳内物質が出る、という「仕事/私事」というコラムを7日読売新聞朝刊で発見。死の直前といえば、軽くなるといえばの連想で単純にこの映画に行き着きましたのん。

エイプリルの七面鳥PIECES OF APRIL)アメリカ版のDVDジャケットのような、髪型にしたくてね。

パワーヨーガ&ピラティス姿勢悪くなりすぎました。急に寒くなったからつらいのデス

これから見始めます。あぁ。眠すぎます。

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この川は思うほどには深くない 幸せになるためのイタリア語講座

幸せになるためのイタリア語講座  Italiensk for Begyndere デンマーク 2000 

Cette riviere n'est pas si profonde que l'on croit.

生きている限り、困難に立ち止まるたび、私はそれを信じていようと思う。

いわゆる低予算、ドグマ作品と呼ばれ、手持ちカメラ、自然光によるロケ撮影などのルールにより制作された映画。

舞台は、コペンハーゲン郊外のとある町

配偶者を失い、職場では前職牧師に八つ当たりされ続ける孤独な牧師、アル中の母親の介護に疲れる美容師、元サッカー選手今は無職の荒くれ男、懐はあたたかくて広くて素敵だけど上司からの圧力を受けて親友のクビを言い渡さなければいけないし心寄せる女性にも散歩の誘いすら言い出せない、インポのホテルマン、40回以上も転職を繰り返すしかない身体上の問題を抱えるパン屋勤めそして暴言しか吐かないような父の介護もこなす女性、その他諸々、「毎日を変えたくて」参加しはじめたイタリア語講座で彼らは出逢う。授業は教師の発言を繰り返すだけの単純なもの。しかし、登場するなりイタリア語教師は胸を苦しげに押さえ、救急車で搬送されてしまう。そしてお葬式。定員割れの問題もある。さてどうなるイタリア語講座。

登場人物の諸問題がほぼ片付いて映画は残り45分くらい。さてこの後の展開は、分かっちゃいるけど監督の手腕やいかに。みな孤独だけど、人を欲している限り、表層的な孤独にまどわされてはいけないのでは。求めよ、さらば与えられん。手を差し伸べてくれる誰かはいるはず。

この映画の数多くのテーマのひとつは、介護疲れによる殺意。現実問題としては道義的に望んではいけないはずのことなのだ。日本にだって女性が被介護者を殺害する例は枚挙に暇がない。

52歳妻、犬の鎖で夫を絞殺(大阪府)http://homepage2.nifty.com/otani-office/nikkan_02/n030205.html

85歳妻、首にビニールロープで夫を絞殺(岩手県)http://www.iwate-np.co.jp/news/y2003/m08/d11/NippoNews_11.html

岩波ホールで見た「老親ろうしん」(槇坪多鶴子監督、2000、日本)がよぎる。原作は「寝たきり婆あ猛語録」(門野晴子、1999、講談社)&『老親を棄てられますか』(門野晴子、1997、講談社文庫)寝たきり~の方はNHK連続テレビ小説「天うらら」の原案でもある。

肉親の死など、決して願ってはいけないのだ。でも自分はいま生きていて、その毎日をよりよいものにしたいと願うことに何の問題があるだろう。第51回ベルリン国際映画祭銀熊賞ほか4部門受賞もうなずける。胸が痛くて、口元も苦くなるような、人に隠したくなる笑いをこらえきれなかった。冷えた心を、そっと温めてくれた映画。

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Viva Tofuman!頭文字(イニシャル)D

頭文字(イニシャル)D 2005年 香港

全編広東語。英語字幕で見たが、原作はもちろんしげの秀一の長寿コミック。読み始めたのは確か、関東の走り屋が(ヤンキーだけとも言うが)週末に集う山のふもとに住んでいた、大学生の頃デシタ...

中学生の頃から実家のとうふ屋の配達を手伝うことで、華麗なるドライビングテクニックを会得していた高校生藤原拓海と、彼よりもずっと年上なんだけどどこか抜けている奴も含めた走り屋の、暑きドラマ(熱きというよりは「暑き」だろぉ)と、拓海の淡い恋の行方をひと夏だけ追いかけていく映画。

コミックを読まなくなって久しく、(当時はやっていた呼称だけど)援助交際にはまる同級生なつきとのエピソードの結末を私は知らない。登場人物唯一の日本人、鈴木杏演じるなつきへの拓海の想いが、こんな風に語られていたらナと、読んでいた頃妄想していたので、個人的にはとても、すっきーりした後味が残る。ある日聞かされるなつきの援助交際の事実を前に、ひたすらイツキを殴りまくる場面は、コミックでは記憶にないのだけど、拓海らしい感情の発露。

元最強の走り屋のおとーさんとのエピソードが多いのも、コミック序盤の魅力だった。そもそも、拓海は幼馴染イツキを除けば、車以外のことで誰かと語り合うこともないし、人との関わりがけっこう薄~い高校生。おとーさんのパンツを取り替えてあげたり、エンジンがやられて落ち込む拓海をおとーさんはいつも通りに迎え入れていたり、と、お互いの立場で見守りあう、男同士の、つかずはなれず、距離のある関係を映画でもきっちり描いているところに、作り手の誠実さを感じる。だって映画を見に来るお客さんのほとんどは、ハチロクをはじめとする豪華な走りの場面に期待を抱いてくるだろうからね!

どうひいき目に見ても地形は香港だし、日本(群馬アタリの設定よね)の夏休みには見えない!香港らしく、息苦しいほど暑そうな夜。でもそれが下り最強のオトコ拓海のぼやーんとした雰囲気を一変させるのに一役買っているから、さすがの設定だと思う。ぼーっとするほど暑い、汚物のぬるさが伝わるように暑い、酔った拓海のおやじの汗がべたつくように暑い、ずっとずっと暑くてだるい空気が匂うように画面からやってくる。

↑はっ。スミマセン。
香港映画ならでは、もちろん現地ロケ(つまり日本)でした。ゴメンナサイ。やられたー!!さすがの技です。あーん恥ずかしい!

本作品は、CGなしの生のドリフト走行で撮影されているだけあって、カーアクションは本当に迫力満点。ロケ地は群馬(榛名周辺)や新潟で、特に新潟では公道を封鎖しての撮影が行われた。実写とあって、その分撮影にはいろんな苦労がつきものだったそうだ。ロケ期間も1ヶ月以上と長期にわたったため、いろんなことがあった。来日時の会見記事より 抜粋

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寒い夜に一層凍える 真珠の耳飾りの少女

真珠の耳飾りの少女  Girl with a Pearl Earring 2002

原作はトレイシー・シュヴァリエの同名小説。
照明効果による色調の再現など技法が際立って
紹介されることが多かった映画。

絵に関心を持つ使用人グリートと妻子ある画家
フェルメールとの関係は、
周囲を含めた多くの感情のもつれを引き起こしながらも
モデルと画家という一線を越えることはなかった。
周囲の邪推、そしてピーターとの淡い恋が

グリートの陶器のような肌を一層眩しく、つややかに見せる。

フェルメールの要請に、さまざまな圧力を感じながら
グリートはフェルメールの妻の真珠のピアスをつける。
ピアスの穴を開けたグリートの涙は、静かに
頬を伝っていく。ここがこの映画の山場のひとつ。

その後なぜ自分がモデルではないのかと嫉妬する
妻の騒ぎっぷりより、ピアスを開けるに至るグリートの
心の動きの方が生々しく感じられる。

ヨーロッパの冷たく乾いた空気が伝わってくるのは
壁や天井、床のシミに至るまで、いかにもそれらしく
みえる照明だからというだけではないだろうと思う。
少しずつすれ違うように配された台詞が効いているのか。それとも脇役達の配置や軽い会話のやり取りからか。

この映画を、微妙に位置づけられる脇役に注目することで、よりグリートとフェルメールの関係が絵画以外では淡白であったことを追認できるのではないか。

例えば、タンネケ役のジョアンナ・スキャンラン。『牛乳を注ぐ女』のモデルとも言われる彼女は、フェルメール一家の中では妙に態度が大きい。懐も深く(モデルとされたことでグリートと同じ不快感を味わったが故か?)グリートにも誠意ある態度を見せる。

そしてグリートを徹底的にいじめるコルネーリア役のアラキーナ・マン。すっごく意地悪そうな顔でフェルメールとグリートの会話を盗み聞いたりするのだが、やることなすことやっぱり子どもで、結局グリートを貶めるための罠がフェルメールにばれて、鞭打ちの刑にあう、ちょっと憎みきれない子役。

貫禄たっぷりなのは、フェルメールの義母マーリア・ティンス役のジュディ・パーフィット。『エヴァー・アフター』でもご記憶の方は多いのでは。モノトーンの服装があいまって、デルフトの女性は商談上手なのかと嘆息。

最後は、映画序盤では多くの観客から当て馬呼わばりされていたであろう、グリートの彼氏ピーター役キリアン・マーフィ。 彼の甘い愛のささやきも、グリートには馬の耳に風。普段は布を巻いている髪の色について彼から尋ねられたときも、興味なさそうにあしらう彼女の姿からは、フェルメールへのほのかな思いが予感させる。しかし、一方で(ピアス穴を開ける前にも)熱烈キスを交わしていた印象が強く、そして恐らくピーターとの関係はフェルメール家を去った後も続いていくだろうから、フェルメールとの関係はグリートにとっても、純粋にビジネスライクな時間をシェアする相手だったというに過ぎなかったのだろう。

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dark water 大人の弱さ映すホラー

DARK WATER 2004,アメリカ

原作はもちろん「灰暗い水の底から」。

NY郊外のルーズベルト島への引越し場面や、雨の場面が多いところが妙になまぬるく、クレッシェンドに怖さが増すように意図された作品(ホラーは途中で飽きてしまうことが多いけど)。映画の最後の最後で、寂しい少女地縛霊に苦しめられてきたおかあさん(ジェニファー・コネリー)が彼女に霊の世界へ連れて行かれてしまう。「モーターサイクル・ダイアリーズ」ウォーター・サレス監督ハリウッド進出第一作ということでも話題。「セントラル・ステーション」をこよなく愛する私にはそちらのほうの枕詞をつけて欲しいのだけど。

母親が霊に連れて行かれたために、離婚して離れ離れになっていたパパと暮らすことになった娘がエレベーターで気持ちを切り替えて、新たな人生を歩みはじめる映画最後の場面。

あんなに優しかったママを思い出して泣いていたのに。エレベーターで、たった一度ママと再会できたからといって、大切なママを諦めきれるものなのか?!

というところに少し不自然さを感じるも、映画としては、きっぱりしたエンディングになってよかったかも。オリジナルより映画としては完成度が高いように感じられるのですきだわ。

「大人として子供を守る役割」の筈の、ママの、霊への恐怖心とか、マンション管理人への理不尽な八つ当たり、夫という頼るべきパートナーを失った心細さなどが、全体として強調されているように感じる映画だったので、年齢の近い(或いはママの設定に近い要素を持つ)観客には、恐怖が増幅されて伝わるのかも。

美しい系ホラーの古典、シャイニングもそうだけど、ホラー映画を見ていると、霊の直接攻撃を受けたりして襲われる子どもの方が強く描かれているのはなぜ?

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タイム誌が選ぶ「映画100本」

CNN.co.jp : タイム誌が選ぶ「映画100本」、古典名作は不振と ? - エンタテインメント.

ロサンゼルス(ロイター) 米タイム誌は23日、同誌の映画担当記者らが選んだ歴代の「ベスト映画100本」をウェブサイトで発表、チャーリー・チャップリンの「街の灯」(1931年)の古典から、スティーブン・スピルバーグ監督の「シンドラーのリスト」(93年)、アニメ映画「ファインディング・ニモ」(2003年)に至るまで、さまざまなジャンルにわたる作品を選んだ。

「風と共に去りぬ」(39年)など“古典名作”が漏れたのが目立つ。

選出したのは、同誌の映画評論家リチャード・シッケル、リチャード・コーリス両氏。各100本を選出し、重複した分については、調整した上、100本に絞った。映画の好みは、個人によって様々とし、新鮮な着想などの要素を重視したとしている。

んー「ベスト○○」って、誰にとってのベストかってことが見えすぎるのと(ベスト○○を選出する動機のいかんということ)、母集団の特性が明確でない場合が多くて。あんまり関心を持てないのです(CDTVは長年見てるけど)。この場合は映画担当記者たちの世代観が反映されたということはないでしょうかねぇ。

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「海を飛ぶ夢」尊厳死その1

海を飛ぶ夢 MAR ADENTRO 2004年 スペイン

主人公が車に乗せられ、裁判所に向かう場面。

彼の目に映るものが、スクリーンにも映し出される。青い空、交尾する犬、手をつなぐ恋人達。生きているという言葉を写真で残しなさいと言われたら、あなたは何を残しますか、と問われているようで、私には少々居心地が悪かった。

そう、この監督の作品を見ているとね、

いつも「それで、あなたはどうなの?」と問いただされているような切迫感があるのよ。他人事とは思わせない力を感じるわ。

エンドロールで観客にティロノリンコー!と叫ばせてしまう「蝶の舌」もそう。映画が終わってもしばらく立ち上がれないのよ。力が抜けちゃうわけ。本気で監督と意見を戦わせているような、そうそう、個人的な例えで申し訳ないけど、大学院のゼミモードに入るわけよ。自分が発表するでしょ、あれこれ突っ込まれるでしょ、自信あるネタだから頑張っちゃうでしょ、でも先輩にこてんぱんにやられちゃう。

変だなと思うのはね、映画を見に行ってるただの一観客に過ぎないわけよ、私。だからゼミでいうところの発表者は、監督だと思うの。なのにね、いつのまにか自分が情報発信しているかのような錯覚が起こってくるの。

それは私にも映画で起こっているような、、、疑似体験、、、のようなものがあるから?カナ?

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聖域とヤギと鳩と

ノートルダムのせむし男 NOTRE-DAME DE PARIS 1956年 フランス

内面の美しさを見抜く力があれば、ジーナ・ロロブリジーダ演じるエスメラレルダはもっと早くに幸せになれただろうにな。

エスメラルダをひたすらあがめる男、聖職にありながらエスメラルダ相手の(妄想)性欲が膨らみ犯罪まで犯してしまう男、婚約者がいながらエスメラルダをもてあそび結果的に死刑囚にまでしてしまう男、私には「美女にふれると男はこうなってしまうぞ」図鑑に見えたけど、言うまでもなくロマン主義文学の巨匠ヴィクトル・ユーゴーの同名小説を映画化したもので、この作品で映画化はなんと5回目。

ノートルダムドパリの前で、ひらひらと蝶のように舞うエスメラルダの姿をひたすら追う場面にくらくら。社会の中ではさげすまれる物乞いや芸人らが笑顔を見せ集う場所としての聖堂の存在感に、圧倒されます。どんなに妖艶にエスメラルダが舞ったとしてもそしてカメラがその姿だけを追っているとしても、その場所が聖堂前広場である限り、主役は聖堂。その聖堂の上ではやたら鳩が多いのが、鳩嫌いの私には気になるところー。パリには昔から鳩が多かったのかな。今度パリに行くときは鳩のふんだらけの窓がないホテルを目指します。閑話休題。この映画に登場する最重要動物はエスメラルダのお供となるヤギ、ジャリ。殺人未遂で裁判にかけられたエスメラルダを救うどころか「ヤギと会話する魔女」よわばりされる原因にもなってしまうし、ヤギ!しっかりしろ!と言いたくなりますがそこはヤギですから何もしません。エスメラルダが恋い慕う男(そして彼女をあっさり見捨てる男)フェビュスのつづりを完成させる芸に長けています。ジャリの印象が強まったのもそういえば聖堂前の広場だけだったなー。聖域とされる聖堂内にたてこもったカジモドとエスメラルダのそばにもしっかり寄り添っていますが、その場面ではなぜこんなところにまでヤギが?!と突っ込みたくなるだけだったりする。聖書にあるように、生贄としてのヤギを匂わせるものか。だとしたらエスメラルダは生贄、ジャリは野に放たれた方のヤギ?にしてもなんだか間が悪いヤギカットが多いような気が。

古代のユダヤ教では年に1度、2匹の牡ヤギを選び、くじを引いて1匹を生贄とし、もう1匹を「アザゼルのヤギ」(贖罪山羊)と呼んで荒野に放った(旧約聖書レビ記16章)。贖罪山羊は礼拝者の全ての罪を背負わされ、生きたまま捨てられる点で生け贄と異なる。 特定の人間に問題の責任を負わせ犠牲とすることをスケープゴート(scapegoat 生贄のヤギ)と言うのは、これにちなんだ表現である。

ウィキ「ヤギ」より

実生活では、せむし男カジモドを演じたアンソニー・クインの子どもはなんと13人!十分に魅力的な男性だったようで。

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「バッドエデュケーション」先生怖いです。。。

バッド・エデュケーション LA MALA EDUCACION  (2004) スペイン

教育実習で自分のアパートの隣にある中学校に、2週間ほど通った。

テレビ局の最終面接と重なったこともあり、私も上の空。中間テストを控えていた生徒達も私の授業なんか聞いてもいなかった。唯一楽しかったのは放課後、お互いのロールプレイングを義務付けられない時間内でのおしゃべり。その中心は彼氏彼女の関係だった。具体的であればあるほどお互い楽しくて時間を忘れた。

アルモドバルの新作ということで構えて見に行く必要なんてなかったのだろう。学校で何が起こったのか、その体験はその後の人生にどんな影響を与えたのか、きわめてシンプルな物語だった。時間軸のぶれが少し気になるけれど、サスペンスとしてみているわけではなかったのでそのあたりの完成度を問うつもりはもちろんない。アルモドバル個人に近い映画だなぁとは思ったけれどこの映画の主役は「子ども時代」というか「学校」というか。濃厚な人間関係が描かれる割に、登場するどの人物にも生気があまり感じられなかった。演出の枠を軽々と超えて迫りくるそれぞれの艶っぽさはあるんだけど。

それはさておき、スクリーンに目が釘付けになる場面がいくつか。

まずはベルナルくんのブリーフ姿!白すぎてみているこちらも恥ずかしい...それから校長センセイが真夜中にお気に入りの生徒をトイレまで追いかけてくる場面!トイレに隠れて敵をやり過ごす場面といえばモンスターズインク?でもこの映画ではばっちり校長先生に見つかってしまうので、次は何をされるか心臓がばくばく。それからエンドロール。えっ?登場人物をそんな風に片付けてしまっていいの?

日本の私には不思議なインテリア(建物)も。イグナシオの実家のドアは上下に2分割されている。上のドアを開け下のドアを閉めたままで訪問者と直接顔を合わせることができる(下のドアでとりあえず「まだ入るな」との意思表示になるのかな)。そして妙なアプローチのエンリケ宅。防犯のためかと思いきや門のつくりは比較的あっさり。エンリケの事務所も、入り口から奥まで見渡せる、居留守を使えない構造。これじゃオフィスとして機能しないだろうと誰がみたって分かるんだけどその辺でエンリケの社会的立場を表現しているのかな。

冒頭の教育実習中。校長が何度も念を押したことを思い出す。「体罰」と「生徒との(性的)関係」、それだけはあってはなりませんと。「なぜなら子ども達にとって、『先生』はどこまでいっても『先生』なんです」と言われてそのときはそうかと思ったが、それはその校長にとっての話。この映画では、校長先生は聖職、学校ともに辞めているし「先生」と呼ばれていたころですらいわゆる先生らしさのみじんもないように描かれている。悪い先生、だからバッドエデュケーション?でもいいと悪いの境目なんて誰が決めるの?そもそも教育=先生のよしあしとは限らない。あれこれ悩ましいタイトルでした。金曜の夜に見るには少し後味悪かったかもね。

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「ヤァヤァシスターズの聖なる秘密」命支える幼い誓い

ヤァヤァ・シスターズの聖なる秘密 (2002)
DIVINE SECRETS OF THE YA-YA SISTERHOOD アメリカ

柏餅を食べたりおはぎを食べたり。とにかく近所の友達と大騒ぎする日。子どもであることにもどかしさを覚えつつ満たされてもいた時間。それが子どもの日だった。

大人になってだいぶ経つ今も、自分の子どものような声にドキドキさせられることがある。あの頃の友達と向かい合うときはいつでも。友達がいる限り、子どもでいられる時間がずっと続く不思議な違和感。この感覚をテンポよく映像化したらこうなるだろうなー。

生きていき続ける上でのピンチに必ず現れてくれる友達が私にもいてくれるから、この物語のひなた部分よりも、ヴィヴィの陰にあたる過去がいっそう痛々しかった。少し描写は分かりにくいけどね。原作小説にはその部分が濃く描かれており、それは物語の骨格でもあるので、映画では構成が骨抜きにされているといってもいいかもしれない。勢いと豪華女優陣の競演でカバーされてしまうものではないが、映画だけ見ると気にならない人も多いだろうな。とまれ、原作で描かれるような、子どもを産み育てることへのヴィヴィの苦しみを共感できない限り、ヤァヤァ・シスターズの絆の深さは見えてこないだろう。

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シュールな笑いのヤンババ強盗団

ヤンババ! ばばぁ強盗団がやって来る! (2000)
JETZT ODER NIE - ZEIT IST GELD  ドイツ

オープニング映像は水中にゆらゆら浮かぶひまわりと静かに沈んでいく模型の船。

最初はホラーか、ホワイトオランダーのような母娘モノと思った。シュールなんだもの。

「埋葬すらされなかった」で始まるナレーションも詩的。コメディとは思えないほど丁寧な映像の作りに感動。ドイツ語は分からない。でも言いたくなるのは言葉の美しさ。日本語台詞のひとつひとつも、切り離すと色気が失われるものの、一言ごとに別のドラマが生まれてくるような遊び心に満ちてます。

銀行強盗を遂行するために、新聞記事を頼りに囚人となったを探し出して、強盗の手ほどきを受けようなんて面白すぎる(もちろん囚人は「お前らにできるわけがない」と一蹴)。この場面で、別の囚人と花嫁姿の人がフェンス越しに抱き合っている(手をつなぎあっている)のも細かい芸でしょ?

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「マイビッグファットウェディング」ギリシャの人情大阪に似てる?

マイ・ビッグ・ファット・ウェディング (2002)
MY BIG FAT GREEK WEDDING アメリカ

外国人に対する固定観念はどこの国にもあるらしい、「インド人は数学が得意」「中国人は集団で行動する」「アメリカ人はアメリカ優位主義を持っている」「タコを生で食べるのは日本人だけ」などなど。

外国人に限らず、日本の中でも「大阪人は東京が嫌い」「九州人は甘いしょうゆしか受け付けない」「宮城県人の歩いた後には草も生えない」、どこまでが「大阪人」なのか(例えば、10歳まで大阪で育ったら大阪人なのか、それとも生まれも育ちも現在の居住地も大阪の人が大阪人なのか)とか、それぞれのネタがホントかウソかなんて追求していくのはテレビの企画ぐらいなものかいな。身近で接する苦手な人にガマンならない時に、「○○さんがね、~、~、!!!(怒)」と話すよりは、「○○(主に地名)の人って~な傾向あるよね」と若干ながらも抽象化して語調を和らげるときに使うことって、往々にしてある(と友達とこないだ話していた)。

と思っていたら、典型的「ギリシャ人家庭」の結婚をめぐる様々な風習が、これでもかとたたみかけるように私たちを襲ってくる映画。オーバーリアクションとも言える、「過剰さ」を好むギリシャ人を対象としたコメディなんだけどところどころ、あー(日本人だけど)うちにもあるかも、と思わせる要素があちらこちらに。主演女優さんが自作自演した一人芝居が元になっている映画なので、リアリティありまくり。

こんなに結婚って大変な騒ぎなのに、面倒くさくならないかなーと思いながら見ていたけれど実際してみるとそうでもなかったナ。結婚経験者も未経験者も、同じところで笑いが出ちゃうかも。

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「マイライフ」この雨どこから

マイ・ライフ (1993)
MY LIFE  アメリカ

病に冒され、生まれてくる子どもと会うことなく死んでいく男が、ビデオレターを子どもに残すうちに、自らの家族関係を温めなおす。ストーリーそのものに泣ける人も多いと思うけれど、私にとっては、映画を見終わって浮かんできたのは、マイケル・キートンの哀しい笑顔だけだった。仲たがいしていた父親や繰り返し話し合った妻の顔は思い出そうとしても、かけらも出てこないくらい。

ネクタイやひげのそり方を教える場面で泣かされたという話をよく耳にする。死を前に、子どもに教えたい、伝えたいという欲求があるものなのか。前述のER、グリーン先生も、自分が死ぬと悟った際、別れた妻のもとにいる娘レイチェルに車の運転やサーフィンを教えたがっていた。

私の一生はただ恵みをうけるための器であった」と言ったのは神谷美恵子。恵みの雨は親の生死に関わらず子どもに降り注ぎ続けている。そうでない場合も地球上にはもちろんあるし、親子関係は多様でしかるべきだと思うが、自分の知らないところで、親からの恵みの雨によってうるおされていることもあるのかもしれない。

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死を迎えるその前に

天国の口、終わりの楽園 (2001)
Y TU MAMA TAMBIEN メキシコ

邦題のタイトルに、心をわしづかみにされた。メキシコといえばルイス・バラガンやアモーレス・ペロスとしか反応できなかった頃には相容れない作品だっただろうなと思う。

熱い風が吹いているはずなのに、旅する3人の頬をなでるのは常に秋の匂い漂う風。劇中ほぼ3人で行動しているし、身体も絡み合うのに、深い孤独の影ばかりが目に付く。かといって過度に叙情的な描写はない。「友達と長く居過ぎてなんとなく間の悪くなった時」は第3者の目からみるとこうなるのか、とはっとさせられたことがたびたびあった。良くも悪くも現実の人間関係に忠実な映画だと思う。

波の音は海の声。死を間近にしたルイサの耳に届いた海の言葉は何だろう。

そういえばこないだ(地上波しか見られないからさ)ERのグリーン先生も海沿いのコテージで死を迎えていたなぁ。

死が近づくと海が見えるの?海に戻りたくなるの?

弥生時代に、顔が西側を向くように、言い換えると、海岸の方向へ顔を向けて葬られていた人骨が山口県で発見されている。約300もの人が埋葬されたこの遺跡を紹介した土井ヶ浜遺跡人類学ミュージアムにまた行きたくなった。ミュージアムから歩いて行ける、本州とは思えないコバルトブルーの海に、また会いたい。

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「ルナパパ」ダークじゃないけど厳しいファンタジー

ルナ・パパ (1999)
LUNA PAPA ドイツ/オーストリア/日本

タジキスタンの小さな村を舞台に、ひょんなことから(!)妊娠した少女マムラカット。父と兄と3人でこれから生まれてくる子どもの父親を探す旅が始まる。

コメディと分類される映画。でも妊娠する経緯はレイプされたといってもいい状況だと思うし、戦争をきっかけに思考の軸が少しずれてしまったお兄さんが時折見せる妹思いのしぐさの切ないこと。ファンタジックな演出に惑わされることなく、マムラカットを守っていた静謐な社会が、街回りの劇団によってあっけなく破れてしまった。少女から大人になる猶予なんてどこにもなくて、母になる瞬間が確実に近づいてくるその音が聞こえてくるよう。私には重過ぎた。

ラストの空飛ぶじゅうたん(屋根?!)には顎が外れるほど驚いた。どこまで行くのかな。赤ちゃんは無事に生まれたのかな。

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笑ってもイイデスカー!

王様の漢方 (2002)
GREATWALL, GREAT MEDICNE  漢方道  日本/中国

コピーとのギャップが激しい!うにゃにゃ。寝起きで見た映画で不安になった。

私、今笑ってもいいのでしょうか。いや、それは不謹慎だと思うのでガマンしたいです。これはまじめな映画に違いありません。どこかで必ず泣かせが入る筈です。感動渦巻くラストがもうすぐやってくると思います。トイレもガマンしなくちゃいけません。見逃す点があっては失礼です。万里の長城の迫力ある映像に、間もなく圧倒されるときが来る気配がないけど、あるかも知れません。

日中友好○周年を記念して作られたものだと何かで読んでいたこともあり、強迫観念のように上記思考がうねりにうねって結構苦しかったー。コンビニで立ち読みしてぷぷっときた笑いを咳でごまかすアレです。

2年後にDVDで復習。私の笑いはごく自然だったことが判明。やっぱり同じ場面で同じ規模の笑いが来ました。進歩のない自分を復習する結果にもなったのでちょっと落ち込みました。ぐしゅ。

公開時のコピーも覚えておこうっと。

見る薬膳。

万里の長城で、癒されたい。

病を治すには、まずこころから。

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「カザリとヨーコ」最初でラストが分かるのもナ

ZOO カザリとヨーコ (2005) 日本

織子さんがエンディングを歌うと聞きyahooで動画を購入。映画館に行ってもよかったんだけれど、目的は、久しぶりに聞ける織子さんの歌なので、万が一聞き逃してはタマランと思った。

短編5作のなかのこの作品だけを見たので、他のものとは比べられないのが残念(4月14日までの期間限定販売デシタ)。ネットで見る限り、この作品が最も評判いいみたい。

一言で言うと、最初の台詞、カットで、結末が読めるように作られた映画。

安心感はあるけれど、結末が分かっている以上、どんな手で進めていくのか脚本や演出をチェックするように見てしまう。その作業が入ってしまうため、わくわくするホラーとは言えなかった。そういう意味では、今までで一番楽しみだったホラーはオーメンでしょうなぁ。どこまで行くのか収入的にも謎が多くて。

吉行和子さんが渡してくれる「鍵」が『星の王子様』の絵本の中に入っていることになっている。この絵本のエピソードをもっとふくらませてほしかったな。カザリと入れ替わるという選択肢しか見えないヨーコの、瀬戸際っぷりを浮かび上がらせる小道具としての役割をぐいぐい強調しても面白かったかも。

織子さんの歌声には、高校時代と変わらずゾク~っとさせてもらいました。そぉっか。この路線で行くと、NHKの大河オープニングを飾ることがあるかもしれないなぁ♪その日が楽しみ(NHKがこの先もあればだけどね)。

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ホラーの楽しみどこにある

感染/予言 (2004)  日本

同時上映されたホラー2作。「感染」の色使いと台詞回しが舞台っぽくてそそられる。照明が気持ち悪くて正視できなかったし、死にかけるヤケド患者の横でひぃひぃ笑い続けるおばあさんの姿も恐ろしく、二度と思い出したくないと怯えたけれど、未整理の演出も多く、疑問が残る。後からじわじわくるのは「予言」のほうだった、私の場合。

「予言」の原作は「恐怖新聞」。ホラー映画では妙だけど、この映画は確かにハッピーエンド。でも、精神病棟の閉鎖病棟(保護室)での患者の姿には涙が出た。この場面やたら怖い。

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先生はどこまでも怖い存在

友だちのうちはどこ? (1987)
KHANE-YE DOUST KODJAST? イラン

宿題のノートを忘れた友達の家までノートを届けようとするアハマッド少年。迷いに迷って、本当に明日までに友達の家まで辿り着くことができるのか?はらはらさせられるようだけれど、友達の家までのロードムービーだと割り切って見たら、少し落ち着いて見られた。

淀川さんのコメント。で知った「そして人生は続く」も見なくては。

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王様記憶大作戦

王妃マルゴ (1994)
LA REINE MARGOT フランス

無修正版を見ました。イザベル・アジャーニが1955年生まれなんて信じられないー!

この映画をみて以来、マルゴと結婚したナヴァル王アンリの生涯に関心がうつり、アンリ4世として即位した頃の鎧にパリで遭遇したときは夫とふたり、感動のあまり言葉が出ませんでした。宗教戦争に知識のある方には、聖バーソロミューの虐殺の首謀者がマルゴの母、カトリーヌ・ド・メディシスとして描かれていることには納得がいかないかもしれませんね。

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髪型は今の居場所のシンボルなの

ホワイト・オランダー (2002)
WHITE OLEANDER  アメリカ

母と娘モノ。『母と娘の40年戦争』吉永みち子、集英社文庫、2000 が思い出された。

母親はアーティストという設定だったが、娘も同じ道をたどるだろうと言うのは予想されたし、それゆえにオープニングとエンディングの演出がリンクしている構成は納得のいくものだった。

母親は刑務所へ、娘はころころ里親を変える生活を送らざるを得ない状況に追い込まれる。状況は確かに普遍的なものではないし、映画の後味もそんなにはよくない。映画終盤にいたっても未解決の設定が多いし。でも、娘が変化する環境に過剰なまでに適応していく姿、例えば里親の好みにあった服装をしたり、里親の信仰する宗教に傾倒したりする姿は痛々しくて泣ける。

 

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ハロウィンはバナナで勝負

世界中がアイ・ラヴ・ユー (1996)
EVERYONE SAYS I LOVE YOU アメリカ

パリ、ヴェネツィア、ニューヨーク、それぞれで恋が始まり終わっていく。とにかく旅情を誘われてしまうので財布のひもがゆるんでいるときには要注意。歌はチキータバナナがサイコウ。歌詞をきちんと知りたいので、対訳つきのCDがほしいのだけれど入手困難。たぶん人生のなかで最も繰り返してみた映画。

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「フォーウェディング」遅刻はいけませんねぇ

フォー・ウェディング (1994)
FOUR WEDDINGS AND A FUNERAL アメリカ

友達の結婚式に遅刻するのは私も同じ。1週間前までは覚えているんだけれど、ご祝儀包んだり、準備もするんだけれど。お祝いする気持ちも真剣にあるのよ。だけど、12時頃の集合がイチバンきつい。妙なところに共感した映画でした。

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生き続けるうえでの必需品

おかしな二人 (1968)
THE ODD COUPLE アメリカ

脚本家になりたいわけではないけれど、文章を書いたり校正したりする際に、辞書のように使う作品。このタイトルを思い出すだけで、あの妙なテーマ曲が流れ出してくるから、条件反射ってすごいと他人事のように感心してしまう。

よく知られていることだが、30年後の1998年に続編「おかしな二人2」も。30年後にも変わらずおかしい人たちを演じられるジャック・レモンとウォルター・マッソー。尊敬しています。

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サンドイッチわたしも食べたい

モリー先生との火曜日 (1999)
TUESDAYS WITH MORRIE アメリカ

映画だと思いこんでいたがテレビドラマだったらしい。一時期大学生協の書店で原作本を大量に見かけた。みんな見ていたのかな。

忙しいときにはなぜか思い出せない。けれど、人生の様々な場面で心を潤わせてくれた大切な存在は、知らず心の支柱になっている。生き抜く糧になっている。その存在が今まさにこの世から去ろうとしている。すべてを投げ出しても会いに行きたい。そうした気持ちをシェアできる自分をいとおしいと思ってしまった(しょーもない自画自賛だと分かってはいるけど)。病気が進行し、先生がもう食べられないと分かっていても、私なら好物をおみやげに訪ねてしまうだろう。何気ない顔をして「先生調子はどうですか」なんてひきつった笑いを浮かべるんだろう。何も分かっていない顔をして。醜いなぁ私。

死を目前にしても毒をはける、モリー先生のような大人になれたら。

ちなみにモリー先生を演じたジャック・レモンはエレベーターの中で生まれたとか。訃報を聞いた朝のニュースでそれを知ってこの人は映画のように生まれて映画のように死んでいったんだなーとぼんやり思った。

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時を越えて 校門の前で

いまを生きる (1989)
DEAD POETS SOCIETY  アメリカ

原題がこれほど生きる映画もないのでは。学校に行きたくないと苦しんでいた中学生の頃に公開された映画だけどそのときにこそ見たかった。

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ハッピーエンドを機内で歌おう

ウェディング・シンガー (1998)
THE WEDDING SINGER アメリカ

ドリュー・バリモアはこんなにもキュートだったかいな!と初見時にびっくり。チャリエンで放つオーラはこの頃から仕込まれはじめたのかいな。見ている途中から歌って踊りたくなる。

日本でウェディングシンガーという職業自体確立していないけれど、もし当てはめるなら、披露宴のプロ司会者くらい不可欠な存在なわけでしょ。もし自分の披露宴の司会者が、披露宴の最中に「実は私、昨日新郎に逃げられて・・・」なんて泣き出したら悲惨この上ないよね。アダム・サンドラーが仕事中(ウェディングパーティ中)自らのサイアクの体験談を語り始め、キレ始めたあたりから一気にこの映画のテンションがあがっていく。物語の仕切り方が非常に分かりやすい。映画の雰囲気や構成の簡潔さもお気に入りの理由。

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南の空の下 コバルトブルーの波の向こうに

ナビィの恋 (1999)
NABBIE'S LOVE  日本

年をとっても怖くない。初めてそう思えた映画。

60年前の恋人と再会してそのまま一緒に舟にのって二人で逃げちゃうおばあちゃんってどうなのよ(もちろん好意的なのですが)。

うちのおばあちゃんは、おじいちゃんが亡くなったとき、それまで握っていた私の手を振り払って怒ったように言いました。

「おらを置いてどこに行った」。

あれから13年が経ち、おばあちゃんは私のことも忘れてしまったようだ。私も愛する人、愛していた人たちのことを忘れ去る日を迎えるのかもしれない。だからこそ、ここで描かれる非現実的なようでひどく生々しい愛するという行為に憧れる。

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心のよりどころが崩れる瞬間

蝶の舌 (1999)
LA LENGUA DE LAS MARIPOSAS スペイン

音楽はアレハンドロ・アメナバール。「オープンユアアイズ」、「アザーズ」、「海を飛ぶ夢」の監督。過度に叙情的に終わらず、好感が持てたので、サントラももちろんその場で購入。

舞台は1936年スペインのガリシア地方。病弱なモンチョ少年をあたたかく学校に迎えるグレゴリオ先生との心の交流が描かれるのかと思いきや。

胸の痛い最後の場面に言及が多いようですが、私はモンチョ少年が学校に通えるようになるプロセスが気になった。友達に会いに行ったり勉強したり、ということよりも、学校に行く目的が先生に会いに行くことになっている。学校(や職場などとりあえず「行かなければならないところ」)に通う理由は人それぞれでいいんだろうなぁ、と強く感じた。

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捨てた恋の後始末はきちんとね

キカ (1993)
KIKA スペイン

衣装はゴルチエによるもの、と知っていても知らなくても、この映画を見始めて落ち着かない理由のひとつは衣装の奇抜さ。前知識がなければ、きわめて普通っぽい登場人物の中にいきなり衣装のお化けに取りつかれた様な女優さんが現れるから開いた口がふさがらない。

おいおいパリコレ見たいわけじゃないんだからさーとぼやいているうちに、映画との距離感が出てくるから、キカのキャラを読むのに時間を要してしまった。

物語は、相当深刻。こんな事態がもしも自分の身に降りかかったら立ち直れるか自信ないわ。

趣旨を噛み砕くまでに服に対する既成観念の打ちこわし?やらカルチャーショックを乗り越えないといけなかったということもあり、「見る」だけでけっこうなパワーを要する。で、この映画から得た教訓は...

出会いは人生を変えるものだから、誰かとの関係を終わらせるときほど慎重になっておきたいナ

ということ。自分は自然消滅させた、と思っていても相手はそうでない場合も往々にしてあるから。

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イベント時には誰かと

200本のたばこ (1998)
200 CIGARETTES アメリカ

クリスマス、お花見、花火大会、イベントには「人恋しいスイッチ」がてんこもり。どうして誰かと騒いだりする時間が人生には必要なんだろう。

自宅をパーティ会場にして準備しているのに、開始時間になってもだーれも来なかったりしたら、もうそれだけですべてを投げやりにしたくなる気持ちが分かっちゃイケナイ、と思いながら、しみじみ分かっちゃう。この寂しさをシェアできるならラストではかなり泣ける。

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腕が折れても書き続けたいの

あの頃ペニー・レインと (2000)
ALMOST FAMOUS  アメリカ

あまり、恋のにおいを感じなかったのは、この少年のライターとしての取材能力とか、プロ意識とか、そういった少年の持つ将来的な可能性を見出そうとするヤラシイ見方をしていたからかな。

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妊娠しても仕事は続けるワ

ファーゴ (1996)
FARGO アメリカ

大きなお腹の妊婦さんが、青いほど白い道をゆったりと歩いて事件を解決していく。体調も含めて、自分の目指す仕事を続けられるかどうか考えるきっかけになった作品。コーエン兄弟というのはかなり後から気がついた。

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そして何もかもが水に

オー・ブラザー! (2000)
O BROTHER, WHERE ART THOU? アメリカ

サントラ買いました。耳に残る音がとっても心地よい。うつうつした夏はこのサントラで夢見てました。もちろん水辺で誘惑されていた場面を思い浮かべながら。

コーエン兄弟のいいところがめいっぱい、心から味わい尽くせるかな。『オデュッセイア』にアイディアを借りた作品。知ってたら、もっと、にっこりできる場面が増えるよー。

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雨季ばっかりよ!

人生は、時々晴れ (2002)
ALL OR NOTHING イギリス/フランス

サウスロンドンの集合住宅に住むタクシー運転手演じるティモシー・スポール、とその一家、同じ集合住宅に暮らす各家庭の日常を描いたもの。

突然中庭で倒れる主人公一家の長男。この倒れ方がまた痛々しい。戦争映画で砲弾を受けて苦しむ兵士の演技よりもはるかに苦しそう。ティモシー・スポールの表情もこれまた、救いようのないようすで。息子を事故で失った「息子の部屋」のナンニ・モレッティの苦しみよりもふかそう。比べるものでもないですが。

晴れることがあるからといって、みんなが明るい気持ちになれるわけではない。お天気は誰にでも平等。お金持ちの人は雨が降ったら車に乗って移動するだけのこと。そうでない人のなかには、冷たい雨にずぶ濡れになりつつ肺炎を併発しそうになり空腹のまま帰宅する人もあるだけのこと。

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ダメ男好きかも

ウェルカム トゥ コリンウッド (2002)
WELCOME TO COLLINWOOD アメリカ

全編うさんくさーい。でも会社のかつての先輩に、こういう怪しい儲け話がダイスキで、大きな瞳をキラキラさせてのってくる男の人がいた。借金をかかえてそうで、遊び好きで、不健康で、仕事もやる気ないし。ね?もーダメじゃんこのひとぉって思いたくなるんだけれど、その瞳のキラーンがよかったのか、社内でもかなりの愛されキャラで、私も怪しいなぁコイツ、と失笑しながらも、その人のことを嫌いにはなれなかった。むしろ、次はどんな「オイタ」をしでかすのかしらん、なんて楽しみにしていたくらい。人間臭いからこそ、目が離せない人っている。この映画もその類の人の集まりなのだろうなぁ。だって憎めないもん。こういう愚かさって。

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人生目標優先派?それとも後から目標見つける派?

浮き雲 (1996) KAUAS PILVET KARKAAVAT フィンランド

夫婦ほぼ同時に失業しちゃうんだよね、結構ローンあるのにさ、どーすんのよ。

奥さんイロナ役は、カウリスマキ監督作品常連さん、カティ・オウティネン。この人の無表情ながら情熱的な演技はどこから出てくるのでしょう。

とにもかくにも、この映画はイロナが解雇されたレストランの仲間達を率いて、以前雇われていたレストランと同じような(旧態依然とした)レストランを再開していくことに力を注ぐことで、急速に動き出していく。

レストランが舞台なのに、ちっとも出てくる料理がおいしそうに見えないし、レストランという業種にこだわりながらも飲食業への愛着があんまり感じられないし、理不尽な事だらけなのだ、まともに考えると。

でも、それこそが、この映画が、輝くばかりの鈍い現実の光を帯びている力の源であるように思う。アツイ思いで経営されているレストランばっかりなわけないじゃん。生活のために開いているところがあって当たり前じゃん。

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手を伸ばしてはいけない

テス (1979)
TESS フランス/イギリス

イギリスだと思っていた場所はパリ郊外で撮影されたとか、話題を選ぶ際、本質的なものではなく、横道にそれていかないと、自分がどんどん辛くなってしまう...物語そのものに忠実に、感じたこと考えたことを、無理につかまえようとしないことも、生きていくうえでは大切なワザなのだと思い知らされた。

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鼓動が乾いた空に響くとき

ベンゴ (2000)
VENGO  スペイン/フランス

ファミリーの闘いが音楽で綴られた、まるでトマティートの長~いPV見てるかのような映画。ストーリー自体が生臭く、時を越えてぐつぐつ煮えたぎり続け濃縮した憎しみにあふれている。殺したり殺されたり。

肉親を失ったときも、日本人と言う血をひいていること、自分の両親の血を受け継いでいることなど、私は意識したこともなかった。強く強く刻み込まれた血の記憶、それが私にはないのか、眠っているだけなのか。

荒々しいギターの音色はまるで、トウガラシそのものをお風呂上りの肌に塗りたくられているような痛みを植えつけるよう。それでいて、とってもデリケートな男心を覗いてしまった、そんな罪悪感さえ塗りつけて置きざりにされたよう。それはきっと心に巣食う暗い暗い孤独の記憶を刺激するから。

肉親間の確執はイヤ。

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思い出の捨て方

僕のスウィング (2002)
SWING フランス

ひと夏の恋が始まり終わったのかと思いきや。スウィングにありったけの思いをこめて日記を渡したマックス少年。彼の乗った車が見えなくなるや否や、日記を開くこともなく路地に投げ捨てて、自分の自由な生活にあっさり戻っていくスィング。

女ってここまで潔くなくちゃね。

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失ったものこそ輝きを増して

歓楽通り (2002)
RUE DES PLAISIRS フランス

ポスター、いえ、小道具ひとつで戦前のパリに飛び立てそうな期待を持たせてくれる映画なんてそうそうない。

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空港そばのホテルで

恋人のいる時間 (1964)
UNE FEMME MARIEE

二人の時間が熟成していったらどうなるの。別れも実りの形なんだねぇ。

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ルーブルかけっこ名場面

はなればなれに (1964)
BANDE A PART  フランス

この映画の音たちがとにもかくにもいとおしい!物語の突拍子もない展開も。

こんな風に日常が流れていくのならどんなにステキだろう。

ベタな希望を、未来に抱かせてくれたー。

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ヒトハ進化スルノ ドコヘイクノ

ラ・ジュテ (1962)
LA JETEE フランス

29分の映画なので、睡眠剤代わりにしている方も多いようです。

飛行場の場面と、博物館の展示室を天井近くから流している映像と。

その二点だけで人類博物館をひとつ見て歩いたような満足感にひたれる。

余計な言葉はイラナイ!

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オトコノコの腰フリダンス♪

モンスーン・ウェディング (2001)
MONSOON WEDDING インド/アメリカ/フランス/イタリア

深刻なエピソードがちりばめられているのだけれど、私にとってのこの映画の主役は、宴でダンスを披露するはずだったちょっと小太り、料理ダイスキのオトコノコ。彼が踊りに集中すると父親は猛反対する。逆に踊りを拒否すると姉?に批難されてしまう。もういいやい、踊るもんか。パーティの始まるあたりでは彼の表情は頑な。でもそれがラスト間際になると、もう、もう、とにかくステキ。

様々なサブストーリーが同時展開されていて、メイドとしがないウェディングプランナー(ディレクター?)とのベタな恋も色鮮やかで、目がうるおいました。

実は大雨の日に見に行きました。台風の前日だったかな。渋谷をぐっしょり濡れて歩いてやっと映画館に辿り着いた頃にはもう見る気力すらなかったのだけれど、そして、疲れのあまり、20分ほどねむったけれど、それでもラストに向けてのクレッシェンドな演出はお見事でした。目にも耳にも心地よい。

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タヌキ寝入りするなら

スコルピオンの恋まじない (2001)
THE CURSE OF THE JADE SCORPION アメリカ

怪しげな術をかけられたウディ・アレンの首の傾げ方、サイコウ!演技なのかこれ!

この呪文のおかげで「コンスタンチノープル」、イスタンブール行ってみたくなっちゃったじゃないのさ~。

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憧れには裏切られるもの、だからこそ求めるのよ、現実の夢をね

ハッピー・フライト (2003)
VIEW FROM THE TOP アメリカ

キャナルシティで見たせいか、どうにも落ち着かない(映画を見た次の予定を考えてしまう)のよね。大体ヒロインの名前がドナというのもいただけない。ビバヒル世代に入る私にはドナちゃんと言えば、セクシーでセレブで不器用なのが共感を誘うキャラ、ということで刷り込まれているからなぁ。ネーミング怖い。

カリスマ・スチュワーデスの言葉に刺激され、地元の小さな航空会社に応募、そして国際線のFAとしてステップアップしていく、という物語で、がんばれば、夢見ればきっと叶う!というようなテーマとしてはキューティブロンドにかぶるところばかりなのだけど、実際は女の足の引っ張り合いの醜さを最後の最後まで見せ付けられる。女子高育ちの私には、映画で出てくるように、試験終了後答案をすりかえられることなんてよくあったケド、それを見越して学年1位を保持する余裕がないとね、続かないですよ、優等生なんてね。

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博物館で見る夢は

ザ・ロイヤル・テネンバウムズ (2001)
THE ROYAL TENENBAUMS アメリカ

詳細にこだわっている割に(オープニングの完成度はそれなり)、全体を貫く軸が時々ゆれるのが気になって、最後まで笑えなかった。

博物館の休憩イスの下で、こっそり眠りにつく子ども達の夢は鮮やかだろうなぁ。最近の博物館では夜間開館も盛んだし、夜の動物園ツアーや水族館宿泊体験もあるじゃない?でもそんな「用意された」お泊りでは獲得できない資料との対話が、休憩イス下の夢にはあるだろうなぁと思わされました。

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展示で見直す我が人生

アバウト・シュミット (2002)
ABOUT SCHMIDT アメリカ

定年退職の日を迎え、妻ヘレンとトレーラーハウスで旅行の日々を送るはずだったシュミット。ヘレンの急死で動き出した歯車とは。

ジャック・ニコルソンが物語終盤に訪れた博物館は、開拓史を語るものでした。未来は切り拓くもの。そう信じられてきたけれど、果たしてそうなのでしょうか。未来には、常に振り返りのまなざしがあるとしか思えない私は、悲観的に過ぎるでしょうか。

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南アルプスで見えるような星空

ストレイト・ストーリー (1999)
THE STRAIGHT STORY アメリカ

長らく仲たがいしていた兄に会うために、たったひとりで時速8kmのトラクターに乗って旅に出ることを決意する73歳の老人のロードムービー。

主演のリチャード・ファーンズワースは、末期ガンを苦に2000年拳銃自殺を図り、本作が遺作となった。

台詞のひとつひとつに奥行きがあり、かみしめるだけでもしばしの時が必要。それぞれの言葉が、まるで遠い空でまたたく星々からのメッセージであるような錯覚すら覚える。幼い頃、年上の人の言う事が絶対だった恐怖に近い畏怖の念がよみがえる。よい意味で、自分は性善説に基づいて生まれてきたと思える映画。

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さぁ世界への窓は開いていますよ

カッコーの巣の上で (1975)
ONE FLEW OVER THE CUCKOO'S NEST アメリカ

設定も演出の意図も全く異なるけれど、「フィッシャーキング」で駅構内で突然人々が踊りだす場面がある。本作でも、オレゴン州立精神病院内で入院患者たちが手に手をとりあって踊りあう場面があり、私の中ではどうしてもその二つが接続してしまう。カッチャンと音をたてて。

M・フォアマンがチェコから亡命後、数々の困難を乗り越え、K・キージーの小説を映画化したもの。

精神病棟を通して体制批判を露骨に展開した映画、という評価もされる。でも初見の際は、病的な性癖を持たない人であっても、自らの意思で精神病棟に入り、管理された人生を送ることで安堵感を覚えたい傾向があるということが体制によるものではなく、人間の依存本能(そんな言葉あるのかな、でもよりそいたい願望と言ったらしっくりくるかな?)によるものなのでは?という問いかけをされているような気がしてならなかった。構造的な問題ではなく、人間という生き物の社会性として、そんな性質があるのでは?とね。

最後の場面の無表情なニコルソン。こんな顔したときもあったかなぁと去年の無表情無感動だった自分を否が応でも思い出してしまう、その意味で物理的にもとげのある映画。

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この街に溶け込みたい欲望

過去のない男 (2002)
MIES VAILLA MENNEISYYTTA L' HOMME SANS PASSE フィンランド/ドイツ/フランス

アキ・カウリスマキの作品の中で、私にとっては、最もヘルシンキの風を感じられた満足感でにっこりできた映画。

独特のリズム感で、ぐいぐい、非現実的な無表情の世界にひきこまれてしまうこの快感を例えると...安っぽいさびれた地方のゲームセンターでホラー系の遊びをした時に「あっ、けっこう怖いかもこれ。」と驚かされたような。単純な意外性により誘発されたよろこび、ともいいがたい、この満足感の高さは新鮮。

生きることの意味や、人間関係の問い直しだとか、メディアで宣伝されていたような視点は私は持てなかったな。

この映画のイメージをひきずってヘルシンキに行く人はあんまりいないのではないかと思うけど、あえてその一人になってみたい、時間のある私。幸せなんでしょうねぇ。

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一度は破りたい殻だから

サイダーハウス・ルール (1999)
THE CIDER HOUSE RULES アメリカ

ひょんなことがきっかけで、単純に外の世界に飛び出したいと思ってしまう。自分の心と体のタイミングが合えば案外簡単に出られる枠組み。でも殻を破る瞬間がこなければ、その人生はその場所で完結することもあり得る。この映画を見た後、とにかくどこでもいいから、自分が多少なりとも知識を持っているエリアの外に出なくちゃいけないという強迫観念にかられた。けれど結局、そのエリアの境界がどこか分からずに、私は今も日本に、それなりの都市に住み続けて、29年信じてきた比較的まっすぐな道を歩いている。出会いはあったと思う、でも多少の知恵は得られただろうか、私は私の目を開くことが出来たのだろうか、出来るのだろうか。生きることへの問い直しを、妙に迫られた映画だった。物語の構成が継ぎ目なく整っているので、それほどの破綻はなく、安心して見られた。

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悪い奴なら殴っていいのよ

女はみんな生きている(2001)
CHAOS フランス

監督はコリーヌ・セロー。DVDで見たところ一度見たら忘れない標榜。女優さんたちより存在感ある監督。さすがの迫力。この映画の登場人物はいつもどこかで走ったり早口でしゃべりまくったりしている。見終わった後には張り詰めていた息がふにゃふにゃとどこからかもれてくるから、映画に対する体の反応って割と素直なのネ☆とうれしくなったりして。

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3言語映画 その2

スパニッシュ・アパートメント (2002)
L' AUBERGE ESPAGNOLE フランス/スペイン

これもいい加減ながらフランス語、スペイン語、英語が混ざり合っているので、聞き取りには重宝する映画。実際に異なる国籍の学生同士で暮らしたらひとつの会話がひとつの言語で終わることはなく、文法的にはどうかなと思いつつ、こうなるだろうなぁというところに、生々しさを感じた。

お金もあり、留学してもいいんじゃない、という余裕のあるエリート階層の学生が軸になっているので、学生ならではのふわふわとした現実感の欠如はよく描けていたものの、実在の貧乏学生はこうは行かないよ、というライフスタイルが中心。

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3言語は必須よね

ウェルカム!ヘヴン (2001)
SIN NOTICIAS DE DIOS  スペイン/フランス/イタリア

天国:モノクロ世界 公用語はフランス語。

地獄:カラー世界 公用語は英語。

現世:公用語はスペイン語ほか。

語学でうめいている私にはこの設定はかなり勉強になりました。いろいろと未解決の要素をばらまいて終わってしまう映画なので、女優さんたちの魅力と、台詞のききとりに集中して、渋谷をあとにしました。

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あのときに戻れたら

息子の部屋 (2001)
LA STANZA DEL FIGLIO イタリア

身近な存在を失ってしまった癒しがたい苦しみ。息子を事故で失ってしまった精神科医とその一家の心の離散と絆の呼び戻し合いをイタリアの優しくも強い綴る。息子とのジョギングを断って往診に出かけた父、そのため友達とダイビングに出かけて二度と帰ることのなかった息子。父は息子との最後の会話を何度も回想する。回想はいつしか願望に変わっていく。「今日の往診はできません。・・・さぁ、走りに行こうか」。そう言えたらよかったのに。願望はさらに進んでいく。父と息子が緑鮮やかな並木道を並んでジョギングする場面。実在などしないのに。繰り返し見ていくといつしかそれが思い出であったかのような錯覚を受けるから不思議。忘れたいことは忘れる、とどめたいものは捏造してでもとどめておく、それが人間の脳というか、ショックに対する防衛反応なのかな。

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生まれる場所は選べない

ライブ・フレッシュ (1997)
CARNE TREMULA スペイン/フランス

因縁で絡まりあった5人の男女が、時と場所を越えて再び出会うこととなり、それぞれが知らぬ間に(意図的な人もいるんだけど)お互いへの復讐を果たしてしまう物語。障害者となっても、卑屈にならないダビド。心は静かにひずんでいくんだなぁ。ほんの少しタイミングをずらして会えていたら違う関係で結ばれていただろうに。生きていくって不可思議ー。

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光と影は表裏一体。私の毎日もね

フィッシャー・キング (1991)
THE FISHER KING アメリカ

生活に希望を持てなくなって「自分は社会の底辺にいるんだ」なんて甘っちょろい気分にひたりそうなとき、戒めに見ている映画。ほのぼのとした恋愛劇や、見事なダンスシーンなど高い評価を受けている場面も好きなんだけれど、ひたすらNYの底へ落ちていく前半、ホームレス同士の人間関係の描き方が妙にリアリティくっきりで印象に残る。

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人生の選択、間違えちゃったヨ

イフ・オンリー (1998)
IF ONLY イギリス/スペイン

6年ごしの恋人を裏切り、新しい恋にすべてを捧げるはずだったけれど、新しい彼女との前途は多難...もう一度元カノとやり直せたら。あの時あんなことさえしなければ、言わなければ、タイミングさえよければ。失った恋を取り戻そうとする物語が共感を呼ぶのは、人生そう都合よくはいかないことをみんなが知っているから。でもこの映画では、現実にはアリエナイ、と思われるような愛の復活が描かれる。その意味では、とても希望を持たせてくれる映画。もしかしたら、願いはかなうかもしれない。一縷の望みを託して行動することにも、それなりの意味はあるんだろうな。多分、人生を区切って行くことの方が大事だという場合も多いだろうけれど。

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三人並んで、ハイポーズ

スカートの翼ひろげて (1998)
THE LAND GIRLS イギリス

舞台は第二次世界大戦中の農場。偶然共同生活を送りながら農場で働くことになった3人の女性たちの半生を描く。出演者の一人、レイチェル・ヴァイスのこの後の仕事にはご存知の通り、 「ハムナプトラ/失われた砂漠の都」「ハムナプトラ2 黄金のピラミッド」などいかにもハリウッドといった作品が並ぶが、この「スカートの翼ひろげて」の演技がイチバンみずみずしくて好き。

爽やかそうなタイトルだけれど、実際はそうでもないよ。狭いところに年頃の男女が一緒にいたらこんなねじれた関係になだれこみそーだな、と予想ついてしまう。戦争を乗り越えてたくましく生きるという姿よりも、男を惹きつけるために女はどんな工夫をこらしているのかということに個人的焦点が当たってしまいました。

遠く吹き込んでくる農場の風に髪をなびかせ、柵に3人が並んで腰掛けている場面が、イチバン輝いていました。

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牛が空へ吸い込まれ

ツイスター (1996)
TWISTER アメリカ

竜巻は恐ろしい。分かってます。でも牛が巻き込まれる映像にぶぶっときてしまう。一瞬の映像に劇中の人間関係や観客の心理状態までも投影させられる技アリ!な映画。監督ヤン・デ・ボンは、ダイナミックな撮影技術でならした凄腕。「レッド・オクトーバーを追え!」などなど撮影のお仕事歴を見ると、鑑賞中のスピード感がよみがえる。ラジー賞受賞「嵐の中で輝いて」の仕事もしていたことに驚き。スイス国境に駆け込むラストはそれなりに息をのんだよー?

学生時代の夏休み。福井で発掘のアルバイトをしていたときに、職場のおねえさまが連れて行ってくれた映画「ツイスター」。やっぱり牛がくるくる空に舞い上がっていく画像が流れる...

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おバカの花道

ズーランダー (2001)
ZOOLANDER  アメリカ

ベン・スティラーがおバカ系コメディの王道を行く!ベン・スティラーが世界的トップモデルという時点で脱力ですか。

斜に構えてみては楽しめないぞ。ちょこちょこ現れる豪華出演陣(すれ違うだけとの説もありますが)。ミラ・ジョヴォヴィッチ、ナタリー・ポートマン、 レニー・クラヴィッツ、ヴィクトリア・ベッカム、 ウィノナ・ライダー、 ジョン・ヴォイトまだまだまだ。いわゆるちょこっと出演、カメオ出演者チェックも楽しい。こてっちゃんな選曲にも雷ショック受けマス。 

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男で人生変えられる

グッド・ガール (2002)
THE GOOD GIRL アメリカ/オランダ/ドイツ

スーパーでレジ打ちをしている30歳の主婦をジェニファー・アニストンが地味ぃに演じるけれど、彼女のラブの行方と犯した過ち?の数々がうまい具合にまとまっていく展開にひきつけられる映画。子どもができることがこんな形で歓迎されてしまって、いいのかなこれで。

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旅はみちづれ

セントラル・ステーション (1998)
CENTRAL DO BRASIL

光の表現が美しい+せりふ流れがステキ。外国をバスで旅することの多いワタシにはぐっとくるドラマ。なりゆきで行動をともにすることになった子どもと老の域に差しかかった女性とのロードムービー。主人公のドーラが代書業を営んでいるという設定からも南米の匂いがする。

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数少ない韓国映画のお気に入り

おばあちゃんの家 (2002)
THE WAY HOME 韓国

おばあちゃんの靴に平気でおしっこをかけるサンウ少年。

わーん。こんな孫ほしくないよ。

都会で働く母親が仕事を探すため、田舎の祖母の家に預けられた少年と祖母の交流を描いた物語。甥っ子は目にいれても痛くない、という先輩や友達がいて、自分の子どもでもないのになんでやねん!と腹を立てるほど共感できなかったワタシですが、この映画のおばあちゃんの気持ちもシェアできない。アンチエイジングの恐怖はないけれど、「おばあちゃん」にはなりたくない。まだ精神的に子孫をもうける段階に至ってはいない自分をこの映画を見るたび自覚します。

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ラテン系のフライヤー

スペイン語のクラスに行ってもらってくるフライヤーがたまってきました。お気に入りはモーターサイクルダイアリーズバッド・エデュケーションのデザイン。後者は中国映画とみまごうかのような、黒と赤の使いっぷりがお見事。

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眠って泣けた映画

月のひつじ (2000)
THE DISH オーストラリア

私の知るほぼ唯一のオーストラリア映画。アポロ11号が人類初の月面着陸を果たした模様を生中継した片田舎の奮闘を描いた、これも実話系の映画。前半が人間関係の描写なのでぐっすり眠ってしまった。大風にあおられてアンテナが危うくなり、登場人物たちが力を合わせるあたりから緊張感が高まり、最後はとうとう大泣きしてしまった。チームプレーが何より苦手なので、「みんなの心がひとつになれば何でもかなう」といったテーマは大嫌いなのだけれど、押し付けがましさがないんですなー、エピソードのひとつひとつに。

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未来に光射すとき

スウィート ヒアアフター (1997)
THE SWEET HEREAFTER  カナダ

うねうねと続く山道を静かに走るスクールバス。このバスは子ども達の毎日を運ぶモノに過ぎなかったはずなのに。ある日バスは湖へと転落、22人の子ども達の命を奪ってしまう。子供を失った親の、癒しがたい悲しみと苦しみを描いた作品。事故証言を集める弁護士の目と耳を通じて、一族郎党みな知り合いのような、小さなコミュニティで展開される駆け引きのドラマだった。現実が重たくて重たくてもう歩けない、と感じる時、この映画を思い出すようにしている。不変に思える「事実」は、時間の経過とともに変わりいくものなのだろうと思えるから。

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死はウサギの影から

ドニー・ダーコ (2001)
DONNIE DARKO アメリカ

この映画に色をつけるとしたら、銀色。物語の核になっているウサギの印象が強いせいか。雑誌などで前知識をつけすぎたせいかなぁ。残業のあとへたれた体にむちうって映画館で見るよりは、DVDでだらっと見たかったな。

死に関して考えをめぐらせることについては、生きることの問い直しだと思うのでワタシはネガティブに捉えてはいない。身近な人たちの、自然死、病死、自殺、事故死に接した10代、ワタシの心にもこんなウサギがいたような。映画の完成度はイマイチだった。いろんな小道具がちらばったまま一気に幕を下ろしてしまった印象。

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音がイヤー

ホワット・ライズ・ビニース (2000)
WHAT LIES BENEATH  アメリカ

展開がどうとか、設定がどうとかぐちゃぐちゃ言わないでおきましょう。ハリソン・フォードが妙にムキムキなのもほほえましいでしょう。何が怖かったかと言えば、音、音。効果音でドキドキさせるのはヤメテー!ヒー!

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言葉は選ぼう

フォーン・ブース (2002)
PHONE BOOTH  アメリカ

電話ボックスに閉じ込められる物語。というと違うなぁ。公衆電話が鳴っている場面に出くわしたことがありますか?実はワタシはあるのです、もう10年くらい前に。その時のギョっとした空気がどんどん濃縮されて80分も続くような。「電話を切れば、殺される」。コピーそのままに、物語のほとんどが電話ボックスで展開されるすごい映画。映画館で見たかったなぁ。

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ドゴール空港予習すべし

シェフと素顔と、おいしい時間 (2002)
DECALAGE HORAIRE (JET LAG) フランス

気持ちの切り替えと映像があまりにもぴったり合っていたので音楽が流れていたかどうか分からなくなるくらい。CDGで迷ったことのある私には何度でも見なくちゃと反省させられる映画。

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僕の手のひら、お父さんの手首

ニコラ (1998)
LA CLASSE DE NEIGE  フランス

原題を直訳すると「雪の授業」、冬のスキー合宿のようなもの。妄想癖があり悲観的な少年。想像と現実の区別がつかなくなっていく...というありがちな展開かと思ったらちょっと違った。どんよりと陰気な冬の森に紛れ込んだような気持ちで見ていたら、エンディング近くにいきなりドラマの歯車が回転し始めたよう。映画を見るときのスピード感覚が鍛えられた。はじまりがゆるいからといって甘く見てはいけない。

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おいしかった映画

マーサの幸せレシピ (2001)
BELLA MARTHA ドイツ

音楽がこんなにも料理(を作っている場面、食べている場面)をひきたててくれるものなのか!目からうろこの作品。感情を表に出さず仕事をスマートにこなしていくマーサの心をほぐしてくれるのは陽気なイタリア人シェフ。このシェフもドイツ人のマーサもかなり薄着なのが気になる厚着の私。

ディナーラッシュ (2001)
DINNER RUSH アメリカ

映画に登場するレストランは、監督がNYに所有する実在のレストラン「ジジーノ」。確かに、厨房内の歯切れよい映像の評価は高いし、創作料理の絵画性(芸術性?)もお見事、キャラクターのアクも強い。でも仕事をさぼってウェイトレスとシェフが燃え上がる路上セックスがイチバンの見どころだったような。何かをむさぼっているヒトの姿っていとおしいのよね。

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緊張みなぎるピンクの空

フラミンゴの季節 (1996)
SIN QUERER  ドイツ/スイス/アルゼンチン

以前、動物園でフラミンゴは本当に空を飛ぶのかと連れ合いに聞かれた。「フラミンゴの季節」と言う映画があるから大丈夫だよ、渡り鳥だよ、フラミンゴ。そう答えたけれど、水辺に群棲すること、泥で円錐形の巣を作ること、南アメリカ・インド・アフリカなどに分布することくらいしか、そのときは分からなかった。

95分の映画だけれど、その倍は見ているんじゃないかなーと思わせられた映画。小さな町で恨みや嫉みが静かに積み重なっていく様子はものすごく生臭い。でも映像美がそれを中和させてくれるので、見た直後の感想は思っていたよりもさわやかな言葉で飾られてしまう。

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生きるためなら

僕を愛したふたつの国/ヨーロッパ ヨーロッパ (1990)
HITLERJUNGE SALOMON EUROPA EUROPA  フランス/ドイツ

第二次大戦をドイツ、ポーランド、ソ連で生き延びたユダヤ人少年の物語。ソロモン・ペレルの実体験が映画化されたもの。ユダヤ人でありながら生き延びるためにドイツ人になりすました少年の行動や言葉のとりつくろい方は、不謹慎だと自制しつつ笑いがこぼれてしまう。こんなに幸運の偶然が重なることってあるのかな。でも実話だもんなぁ。冒頭の、自宅が襲われる場面でいきなりソロモン少年がバスルームからモザイクつきで出てきたので何の映画かとびっくりしたことも遠い思い出になるほど、繰り返し見た映画。

戦場のピアニスト (2002)
THE PIANIST フランス/ドイツ/ポーランド/イギリス

戦争にまつわる映画では、メインキャラクターと親しかったヒトが亡くなる場面で、ぐっと涙がこみ上げるのですが、この映画では、安堵感(主人公が生き延びる可能性が高まったような気がする)すら覚えるから怖い。我慢ガマンの繰り返しで時が流れていくこの映画の強運の描き方は、上記の「ヨーロッパヨーロッパ」と比べると少し弱め。

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エンディングは最後まで見なくちゃ

モンスターズ・インク (2001)
MONSTERS, INC. アメリカ

物語終了後、エンディングロールで立ち上がってしまうヒトも多いけど、最後まで見ても損することはないぞ。といいたいときに引用する映画。各キャラクターのNGシーンが笑えました。アニメなんだから役者のようなNGシーンなんぞあるわけもないのは分かっているのに、ついニヤニヤさせられてしまって悔しいくらい。

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初めて見たビデオ

ビッグ (1988)
BIG アメリカ

脚本は「カラー・オブ・ハート」などのゲイリー・ロス。シービスケットの監督として有名だけど、そのときのアカデミー賞は監督賞ではなく、脚色でノミネートされていることもあって、心ぽかぽか物語の仕掛け人の印象が強い。

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モノクロとカラーが溶け合うの

カラー・オブ・ハート (1998)
PLEASANTVILLE アメリカ

脚本が分かりやすくて多少飛ばしながらでも見られた。でもせりふのひとつひとつが何だか古めかしい教訓のようで、見逃すには惜しいかも。とにかく小道具とくるくる変わるリーズの表情がかわいい。

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がんばればかなうの?

キューティ・ブロンド (2001)
LEGALLY BLONDE アメリカ

キューティ・ブロンド/ハッピーMAX (2003)
LEGALLY BLONDE 2: RED, WHITE & BLONDE アメリカ

1作目のエンディングは自分の披露宴でも使ったくらい。ワタシには明るい未来があるぞー♪という気分の盛り上がる曲でした。期待してしまったのだけれど2作目は、リーズ・ウィザースプーンの髪型しか見ていなかった気がするワタシ。

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ヒトメボレは熱いアツイ

パンチドランク・ラブ (2002)
PUNCH-DRUNK LOVE アメリカ

思ったより短編っぽい印象の強い映画。マイレージを貯めるために、クーポンの付いたプリンを買いあさるエピソードは実話だとか。そのマイレージキャンペーンをはる会社と電話で交渉する場面が真剣で笑える。恋している本人はいたって真剣なのだけれど、傍目からはおかしくてたまらない、という行動がてんこ盛り。

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天国にいたる試験

夏休みのレモネード (2002)
STOLEN SUMMER アメリカ

異なる宗教に属する子どもたちの交流を描いた映画、というよりは、家族のきずなが強調された演出になっているような気がします。

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アメリカ人なら分かるかいな

ナショナルトレジャー (2004)
NATIONAL TREASURE  アメリカ

テンポがゆるくて最後まで見られなかったっす。

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確かに12ヶ月だけど

ブリジット・ジョーンズの日記 きれそうなわたしの12か月 (2004)
BRIDGET JONES: THE EDGE OF REASON アメリカ

そんなにきれそうでもなかったよ。

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ハワイに行きたい

リロ&スティッチ (2002)
LILO & STITCH  アメリカ

“愛を知らない”エイリアンと、“愛を失った”女の子。
ふたりが出会って、きっと明日はいいことがある・・・。

というのがコピーでしたがハワイにはいいことあったかな。関連ビジネスもりもりでてきそう。

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オドレイ・トトゥ 出世直前作と言えば

エステサロン/ヴィーナス・ビューティ (1999)
VENUS BEAUTE (INSTITUT) フランス

サロンのドアが開いたり閉じたりするたびに鳴るポロロロ~ンという音がかわいくてついメインストーリーを忘れてしまう。色と音にこだわっている割に、せりふのセンスはイマイチぱっとしないかなぁ。

この映画の印象的な場面のひとつは、主人公がカフェでいきなり話しかけられ「愛している」と全く知らない男性から告白されるところ。でもそれよりも揺さぶられるような衝撃を受けたのは、「いつまでも待っている」というニュアンスを漂わせていた元カレに「一緒に住みたいわ」という話を持ちかけたところ「あれは冗談だったよ、本気にしたのならゴメン」とあっさり流される物語終盤のエピソード。気を持たせるほど残酷なことってないよね!

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みんなといるから、しあわせがある・・・のかな

エヴァとステファンとすてきな家族 (2000)
TILLSAMMANS TOGETHER   スウェーデン/デンマーク/イタリア

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ワンワン!ナイスキャッチ!

山の郵便配達 (1999)
那山 那人 那狗 POSTMEN IN THE MOUTAINS  中国

やっとやっと山の郵便配達を見ました。
このブログのタイトルも映画の原題を拝借しているのですが、山の郵便配達の原題は「あの山、あの人、あの犬」。次男坊と名づけられたこの犬の賢さに涙が出ました。うぅ。犬好き必見。いや、作品の主題は父と子の心の交流とか、家族の絆とか、そんな言葉で表現されるのでしょうし、それについては他のところでたくさん書いてあるし。あえて2005年の今ごろになってこの映画をみちゃった私が言いたいことは「犬の活躍をみてー」これにつきます。岩波ホールで見ていたらもっと別なこと思っただろうなー他の映画館に比べて岩波ホールギンレイホールで映画を見ると、より感情的になりますな。私だけ?

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